2024/05/21

スプリングレポ

どうも、線型レポと実験レポを乗り越えて、後一つくらいレポートが増えても良いだろう精神のB2うめきです。

レース2日前から体調を崩し、若干の微熱を残しながら望んだ11ヶ月ぶりのOD。スタート時からDNFすればいいやと思いながら、他選手より0.7度ほど高い体温で、くっそ汚い水に入って行きました。

結果を淡々と書くと

swim 28:07 (1:53/100m)

bike 1:13:07(35.9km/h)

run  47:10(4:29/km)

 

まずはswim。さっき言った通り低モチベの極みみたいな状態で入水したらどうなるか、みなさんわかりますか?もちのろんでバトルで負けます。上にのられるわ、ゴーグル引っ叩かれて外れるわで、第一折り返しまでは踏んだり蹴ったりでした。地面がないので踏めないし、キック弱者なので蹴れませんでしたけど。気持ちの面で負けてしまい、だらだらと泳いでしまいました。他責思考で語ってますが、ひとえにOWS対策不足が結果に出ただけです。ウェットなしプールswimの自己ベストからの約4分のマイナス。集団泳の下手くそとメンタルの下手くそです。まとまった集団では普段以上のパワーで泳ぐ意識、のられたら沈め返すような気概。今回はそれが足りませんでした。言葉通り、内プールのぬるま湯に使ってました。

 

つぎにbikeですが何気に40kmでの自己ベストでした。そもそも平坦40kmをやる機会がそうそうないので、指標にはしずらいですけど、かなり上振れな結果です。トランジですでにふらふらな体だったので、我が愛車でゅろえぼんを盛大に倒してしまい、チェーンを外しました。ごめんねマイバディ。乗車エリア付近でチェーンをせっせと噛ませ直す163cmはさぞ滑稽で邪魔くさかったでしょう。ぐだぐだな発車だったのにもかかわらず新装備DHバーをつけたでゅろえぼんはその性能を十分に発揮してくれました。一方うめきは、あまりにも辛くてずっとDHバーにもたれかかりながら、ペダルをふみふみしていました。世界の金田さん曰く限界の時こそ、楽な姿勢を求めて正しいフォームに近づけるらしいので、あの時のうめきは満点に近かったはずです。時々信じられないくらいの集団が横を通り過ぎて行きましたが、ちょこっとその恩恵を受けつつ大体単走しました。あの大集団をずっと引いてた大城パイセンさすがっす。器の小さい私がずっと後ろについてきたレディにイライラしたのは内緒🤫。

 

でゅろえぼんとの別れを惜しみつつ開始したrunでは、15歩進んだところで中野に抜かれました。ついていこうかなとコンマ3秒ほど逡巡しましたが、3日間ほど激闘を繰り広げていた内臓各位が猛反発してきたので諦めました。帰宅後体温は38度を超えていたので、あの場では私が1番アツい男だったはずです。そこで心拍200を超えていれば痣が出現していたかもしれませんが、それを簡単と言える頭を持ち合わせていないので160〜170で走っていました。途中つくトラの方々に声をかけてもらいましたが、返答すると渡良瀬に汚物が一つ増えそうだったので諦めました。世界をまた一つ綺麗にしてしまいましたな。あらかじめ設定していたレースペースで走れていたので、レースとしては成功です。応援ありがとうございました。 

どれだけ体調が悪かろうが、レースに参加してしまえば全て自己責任。中野に負けたのも、swimで本調子でなかったのも、runで踏ん張れなかったのも、体調が悪化したのも、中野に負けたのも、自分のコンディショニング不足が原因です。次にODと中野にリベンジできるのは関カレ。体調管理、OWS、ブリックと線形代数に力を入れて、残りの期間をすごしていきます。次の部ログタイトルが「勝利歓喜勝利」になっていることにご期待ください。

それではまた。


2024/04/26

もうすぐ5月ですね

どうも春学期が始まった途端、それはもう不運に見舞われ続けている梅木涼太です。無事進級して二年生なうです。最近みんなの部ログ更新がなくて悲しいのでファーストペンギンになったりましょう。激おもしろアイアンマンレポってもう更新されないんでしょうか、、。

それはそうと冒頭にある不運について簡潔に何が起こってきたのかと書きますと


・自転車(普段のり)を盗まれる。

・家の鍵を無くし深夜徘徊←無駄に4000円喪失

・サングラス破損

・パソコン(新調して2週間)の液晶が割れる


不運と謳ってますが半分くらい自分のせいな気がしなくもないことは全力で目を背けます。世の中の不幸は他人のせいにした方が楽に生きられるのです。

今回の4パンチを受けて感じたのは私もいい意味で鈍感になってきたのだなあと。

高校時代の感受性豊かなりょうたくんだったなら情緒不安定になっていた今回の件も、今は笑って受け流せています。

 

前書きはここまでにしまして、新歓を頑張っているあちゃが来月の目標の回収を忘れているので届けこの思いという気持ちでブログに投下4月の目標はどこに行ったんでしょうねえ。

RUN週間30km以上 ポイント練なかのんについてく

BIKE週二回は乗ります 平坦33は越えたい、、

SWIM後半に垂れない土台作り 1500m24分切り

最近は練習も楽しくなってきてモチベありありですので、体力と時間が許してくれる限り頑張りたいものです。遅刻回避のモニコ待ってます

 

もちろん弓道のことも忘れていません。春休みを超え、心なしか薄くなった財布から泣く泣く取り出した一万五千円を握りしめて春日エリアへと繰り出す梅木が今後1週間以内に見られるでしょう。誰かご飯奢ってください。


全エシス生が苦しめられてると噂の某暴論が私を呼んでいるのでここらで失礼します。

 

2024/03/14

完走!?カーフマン

3年の渡邊涼太です、先日カーフマンのエリートに出場したので、そちらの部ログを書きます。

 

昨年も同じ部門に出ていて、LAPという結果に終わっていました。当時runbikeも練習ではそれなりにいい感じにできていて、まあ完走はいけるからどこまで上の順位いけるかなって思ってたらbike全く踏めませんでした、、

 

ちなみに私はオープンウォーターで1500m30分切れないカナヅチです。本当は昨年のカーフマンでいい結果残して、あとはswim集中すれば関カレもいい順位狙える!?という思いで臨んだのにLAPになりとてもとても萎えました。こんなんで主将でいいんかいって絶望しました。萎え萎えのまま2ヶ月経って、んで入部式です。はい。

 

そんなことがあり今回はとにかく完走を目標に、どんな形であれ走り切ることを目標に臨みました。

 

1stラン17:27(41位/108人)

1stランはみんな最初飛ばすので、とにかくゆっくり自分のペースで走ることを意識しました。位置取りは2列目、東海のくうがくんの後ろにつけました。1stランの寄生先?ついていく人を、去年のタイムを参考に考えていて、候補の1人だったのでとてもいい位置につけたと思いました。(結局全くついていけなかったが)

 

いざホーンがなり、レースが始まると、みんなマジで最初速い。流石に飛ばしすぎだろうと思った。そんなに悪いペースで走ってないのに、最初の折り返しでは後ろにいる人は110人中で1020名ほど?だったように思われる。自分でも最初の500m3:10ペースくらいで走ってるのに、、と思いつつ、慌てず自分のペースで走る。3kmくらいのとこで前にいた銀河と合流し、一緒に走る。最後らへんはアフロの無為くんと誰か(名前忘れた)とトランジエリアに入る。5kmよりちょい長かった。Ave3:22

 


 

 

トランジはめっちゃ練習したので、疲れ切った中でも上手くできた。

 

Bike 52:23(84位/86人)

感動しました。みんな優しいわ。トランジで遅れた人も待ってからペースを上げて、前に出れない自分もしっかり集団に入れてくれた。足が回復したらローテにも入れて、ペースも無理ない感じで良かった。

ただ、カーブで毎回出遅れる。立ち上がりでガチ踏みして本当に苦しかった。結果的に足を攣り、3周目でちぎれる。銀河はそのまま集団でいってしまったぁ。

後ろを見ても集団どころか人っこ1人いなかった。これマジ。

1stラン3:203:25くらいのが自分のいた集団で、そことそれより遅いところ(~3:40?)の集団でかなり二極化していた印象で、めっちゃ離れてた。そのまま3周目は単走で走る、、途中で完全に足がつり、伸ばしても伸ばしても治らんのでビンディング一度外してリラックスさせようと思ったが、ビンディング付け直そうとすると足めっちゃ痛くてつけられない。その結果片足ペダリングになった。(片足で漕いでたのはこんな感じ、、)何とか付け直して漕ぎ始める



(↑左の足首がこの角度で固まって動かんかった、、)

 

4周目で後ろの集団と合流し、いれてもらう。しかし奥の折り返しでちぎれ、単走になる。これより後ろは集団なく、先頭の金田さんが割とすぐそこに迫っているのを確認。やばい。

 

運命の5周目、途中で東海ののあさんととんとらの爽太くんに遭遇、butのあさん速すぎて置いていかれる。そのまま爽太君とLAPから逃げる2人旅。爽太君にはめちゃめちゃお世話になりました💦

何とか5周逃げ切り、向こうのレーンから金田さんから「よく逃げ切った!!」的なこと言われた、嬉しい。てかよく見ると金田さん1人じゃね??おーん、流石っすわ。

 

何とか6周目を走り終えて、いざトランジへ。足攣った後に状態でランシューを勢いよく履くと必ずさらに攣ります。なので、ゆっくり入れたけどやっぱり攣りました。トランジエリアで痛くて寝転がってる自分に審判から「棄権しますか?」のお言葉。当然走りますと答えて、靴紐をめっちゃ緩くして足をゆっくり入れて何とか走り始める。

2ndトランジは3分かかってしまった、、

 

2ndラン 24:02(81位/85人)

よちよち走りで見苦しいものを見せました。行きの車の時に、「バイク後のランは速くなってるんですよねぇ!」とか、「ブリックラン走れないキャラじゃなくなったんですよね」とかイキリ散らかしてたけど見事にフラグ回収、全く走れん。

アフロの徳田くんや古俣くん、順天の豊嶋さんなど、知り合いに抜かされる時に応援してもらえたり、沿道の応援に背中を押されて何とか完走しました。



 1:33:52(84位/108人 完走85人)


 

1年越しのリベンジは一応達成。しかし1週間たって、冷静に振り返ると悔しい思いが込み上げてくる。しっかりレースになったのは2周目終わりまでで、千切れた後は完全に完走することしか頭になかった。2周集団に入れたならあと3周下げすぎないペースで走れば単走でも完走は出来る、そうなってしまったのが非常に良くない。

正直「カーフ」マンで足攣らない人なんていない(多分)、名前の由来もそうだし。圧勝した金田さんも足は攣ってたそう。自分は攣ってから切り替えることができなかったのが非常に情けないですね、、

レース中の自分は本当に全力で走ってたけど、いざ終わって客観的に見ると、甘々なレースでした。

 

あと、団体2位をつくトラが獲得した。これは自分がエントリーした10月ごろに書いたもの(字汚いのは言うな)。部屋に飾ってる



エントリーした当初は本当に自分も団体順位に貢献して入賞したいと思って練習したけど、練習のバランス調整や、ケアが上手くできずに怪我を連発し、目標は完走になっていた。

その中で金田さんを始め、しんめい、銀河が団体2位を取ってくれて、嬉しいけどやっぱり自分も立ちたいと強く願いました。

 

ひとまず冬の一大レースが終わったので、swimに切り替えます。swimは今回醜態を晒したbikeより苦手。残り4ヶ月しかないけど。ちな明日とんとらのswim合宿。楽しみ!!

こっから爆上げさせます。

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2024/02/25

デュアスロンの反省

 風間銀河です。入部を決めてからちょうど一年が経とうとしているので初めてブログを書きます。(文章を書くのが嫌いなため避けていただけ)

2月18日に神奈川県川崎市東扇島でカーフマン・シグネーチャーデュアスロンin東扇島2024・日本学生デュアスロン選手権」が行われました。小学生からエイジの方まで幅広い世代が参加できる大会でした。和気藹々とした大会は楽しくて良いですよね。レースとは全く関係ないですが川崎といえばBAD HOPというHiphopグループのホームタウンでもあり、有名なフレーズがあります。興味がある方は「川崎区で有名になる方法」で調べてください(ネタです笑)川崎市民の風評被害もいいところです。話を戻して私はエリート男子の部に出場しました。こちらのレースは集団走あり(ドラレース)のレースのため高速化が見込まれました。私自身集団走ありのレースに出場したことがなく、かつ3週間前の集団走の練習でも落車していたので余計に不安でした。ランに関しても練習はある程度できていたもののあまりいい感触はありませんでした。不安だらけで臨んだ大会でしたがレース全体を振り返るとバイクやトランジで成功できたので及第点は取れたのかなと思います。


1stラン17'27"(42)

目標は3'20"/kmを切るペースで第2集団くらいいる予定だったが1kmすぎてからみるみるペースが落ちてしまい約20人に抜かれた。結局目標のペースではいけず第5集団であたりでバイクに移った。17'30"切るくらい。ただただ走力が無かった。もっと練習しないといけない。


トランジ1

自分の番号が見当たらず少し焦ったが見つけてからは比較的スムーズに行けた。


バイク44'18"(12)※トランジ1含む

バイクでは集団を引っ張ってくれた人がみんなで行こうと言ってくれたためスムーズに集団を形成し先頭交代しながら走ることができた。優しい人がいるなと思ったと同時にかっこいいな、こんな人になりたいなと思えた。バイクは約4.8kmを6周するコースで、2周目まで集団で引き合いながら前のパックを吸収していった。5周目あたりで主将(しんめい)のパックに追いつき、後ろの追いついて来た集団と合わせて50〜60人の大集団になった。しんめいに追いついた時、正直勝ったと思ったが2ndランでけちょんけちょんにされた。ラストの1周の後半で集団が縦長になりするっと前に行けたので5秒だけ先頭を引きバイクを終えた。初の集団走で楽しすぎたので終始ニヤニヤが止まらなかった。デュアスロンチャンピョンである金田さんにもバイクラップで勝てたので大成功😊(自分は集団の中でコバンザメ、金田さんは長い間先頭引いていた模様)


トランジ2

おそらく誰よりも速かった気がする。完璧だった。


2ndラン19'24"(32)※トランジ2含む

1stランとバイクの疲労で足が攣ってしまい走り始めは全く動かった。途中立ち止まって足を伸ばしてからは3'40"/kmを切るくらいで耐えたが後で結果をみると15人に抜かれていたのでまだまだ実力不足を感じた。ランが全く完成してないことを踏まえるとこれから陸上部出身であるのを控えた方がいいのかもしれない。あまりにも弱すぎる。


とりあえずランの課題が浮き彫りになったので今後の練習に活かしていく。


レースの反省は以上です。


最後に2年連続チャンピョンである金田さんにBig up。本当に尊敬します。

来年は闘えるくらいになりたいです





2023/12/24

宣戦布告!

 

お疲れ様です。物理B3の小林です。

 

数カ月前の目標に建てた目標の一つは英語でコミュニケーションでした。目標に近づこうとするとき、方法論を探すというか、まずはあれこれ手伸ばしちゃうんですよね(飽き性,三日坊主とか言いますね)。景気づけに、今年度入部した留学生のKaiさんとスタバに行ったり、洋画見たりしてモチベーションあげてスタードダッシュしたんですけど続かないものですね。いままさに崩れゆく土台だとしても、高校時代築き上げたかつての強固な土台、上に立てると思っていたのですが……。結局単語帳から始めました。単語、そしてReadingをまず征服していく戦略にシフト(中高デジャヴ!!)して、一日50単語見て、飽きかけていますが復習もしながら400単語目に到達。この方法を義務奨励されていた高校での教育は肌に合っていたようです。だから、最良の方法は前から知っていて、苦しいからイヤイヤしてただけなんですよね悲しい。

 でも、(かっこよく言うと)方法論の探究はその過程で副産物を生みました。そう、洋画です。中でも笑える系の、計算された雑さにツボを刺激されました。『イエスマン』と『インターステラー』(これはシリアス)を憶えています。

 

beyondに移ります。

 

マラソンの方法論は、つくまらの部ログであげたように、運動時間と速度の塩梅だ。つくまらではサブ34’15/kmを目標にしていたが、beyondの目標はサブエガ⇔4’00/km。小林のつくまら後、beyond前を振り返る。

 

11/27-12/3 11.3km

つくまら後。疲労の程度も良くて、一週間は休むと決めていたから良い週。

笠間の石切山脈行くのに道祖神越えたあほ。

12/4-12/10 61.6km

復活祭。この週コンスタントにやれるととても強い。

12/11-12/17 36.7km

雨や予定であまり走らなかった。特に週末心動かせず甘えてしまった。

みなとみらい-生麦10km行進で脚ピキの徴候。スニーカーでロングウォークはダメ??

12/18-12/24 37.9km

脚ピキ徴候を感じて前半ストップ。先週末と合わせて走ってない日が続いた。

忘年会翌日にペース走して耐えたの偉い。

 

メイン練

12/4明るい未来の光(荒川沖駅)jog 21.5km

12/7つくば駅4往復 18.7km 4’00/kmペース走(失速)

12/13万博記念公園駅イルミjog 16km

12/14 クロカン 12km b-up

12/23 暑熱ぐるぐる 10km 4’00/kmペース走

 

 

不安なのは、脚ピキ(去年のつくまら!)を感じて全力で安静にしてたら治った(と信じてる)けど、楽さも少なからず失われたこと。元々限界への挑戦だから、痛いハンデを負った。残り数日、ちょくちょく短めキロ4ペース走を挟んで(そもそも慣れ得るか危ういが)ペースに慣れることを祈る。

 

ペーサーかつ肉壁が最初から最後までいてくれるという有難い特別なレースのため、目標のレース展開は単純且つ最強で、42.195kmペース走!無難に最高の結果を得る。

 

 

表題回収

 

布告するためには宣戦される相手が必要だが、beyondには彼がいる。つくとらから他には渡邊涼太(B3)と青木ななみ(B2)が出場する。

渡邊は同期で同学類(来年度にはより大きなが追加されるかもしれない……)。容姿端麗で叡智聡明()。圧倒的ランナーで、3000mもハーフマラソンも小林が大差で負けている。そんな彼が同じタイムで申し込んだ!(beyond5分刻みの目標タイム毎に集団スタートするので、垂れない限り最初から最後まで同じ集団にいる)

サブエガ達成が1st目標だけど、折角なら渡邊に勝ちたい。人生のパスワードがあるならそれは、イエスではなく全てを手に入れるだ。もし途中で飛び出されるとしても最後には抜き返したいし、最後競り合うなら制したい(短距離力は同程度だと思ってる)。起こり得ることは起こる。マーフィーの法則は、最初に飛び出した方が負ける。

 改めて宣戦布告。お互い目標達成した上で、勝負は制する。死の行進にならないように意気込もう。冷たい太陽の下でも精神論で燃えるんだ。

 

 車,応援,etc.として年末にも関わらず数人のつくとら’sが駆けつけてくれます。感謝。最初は玉井(B3)が車出しして3人を送ってくれる予定だったのですが、ひょんなことから応援人数が増えてくれました。見所作らなきゃね!!

 

おまけ:ひょんなこと

 全体MTG室内の話題は、時間の矢に従って雑談へと緩和する。

ベートーヴェンの演奏会かbeyond応援か決めかねる二人に「応援来てほしい??」と尋ねられ、来てくれるなら嬉しいなどと毒でも薬でもないことを言う。演奏会よりも感動を受け取ってもらえるのか??という逡巡に依るものだった。次に二人は後輩に尋ねる。「来てくれるんですか!?」という歓声と眩しいばかりの笑顔が降誕した。それらは可能性の束を収束させるに十分だった。彼らは行かねばなるまい。なぜなら権利があるのだから。皆が幸福であるような事態を手繰り寄せ、総体である世界に一撃を加えんとする彼女はまさに応援したいひとだった。

 

 

那覇マラソン組にパスしたはずのバトンですが、自己回収してしまいました。次は受け取り願いますまる

2023/12/02

つくまら初出場!written by 小林(B3)

 

Part0 プロローグ


2021/11/27 松戸河川敷3’35’58

2023/4/16 霞ケ浦マラソン 3’13’43

いままでのフルマラソンの成績。高校生には淡い憧れはあったけど、完走できるだなんて思わなかった。大学で、トライアスロン部でエンデュランススポーツを楽しんで、憧れは目標に昇華した。小さな大会ではあったけれど、コロナ禍でも開催してくれた松戸で完走は目標ではなくなった。最初の場所はサブ3.5にあったから、次の目標はサブ3に定めた。朧気ながら浮かんできた数字だけどキリがいいし、手を伸ばせば届くと思った。2022年のつくばマラソンは張り切って、走行距離を一気に増やしたのかシューズが合わなかったのか、練習の段階で怪我してしまったため出場しなかった。東北(大学)スイム合宿,東北(地方)バイク旅,霞ケ浦マラソンと、ラン一辺倒にならないで怪我無く臨めた今年4月の霞ケ浦マラソンは早い段階で飛び出してしまい、戦略の甘さを補えるだけの自力はなくて30kmの壁に阻まれた。迎える一年越しのつくばマラソン。

 

Part1 準備

 

無理に走行距離を上げると怪我します(体験談)。そもそも満足に出場できないのでは論外だから長時間走るような慣れない練習はあまりたくさんは入れたくない。今までの「練習ができるだけの身体を作るための練習」でできる範囲に留めます。

サブ3計画の要はレースペース感覚と距離踏みジョグ。メイン練は21km4’15/km(サブ3ペース)ペース走を2回、30km程度のジョグを2回、9月から11月中旬のどこかで踏めればというものでした。

実際には雨で()2つは潰してしまって1つは別日にずらしました。

21kmペース走10/4()10/5()

21kmペース走10/29()→中止

30km土浦花火ジョグ11/4()

25km「明るい未来の光」ジョグ11/10()→中止

 

1.     ペース感覚

サブ3まわりにはたくさんランナーがいるはずだけど、レースペースを感覚で覚えておけば自分が入るべき集団を時計と自分との2つで漁れるし、入った集団が最後まで刻んでくれる保証はないので自分の感覚は大事にするべき。実際、10/5の回では速めなペースに乗っていて後半垂れたので、完全に自力でサブ3するなら神がかったペース調整力が必要だと痛感しました。悔しい。10/29ではそれも踏まえて最初ゆっくり目に入って走ってみようと思っていたけど雨で流れてしまった。気持ちを集中させて向けないとしっかり21km走ることは難しいので、別日に行うことはないまま、代わりに10kmくらいの距離を4’10-4’20で何回か走ることにしました。バイク練後にしてみたりして疲労度を再現してみたつもりで、そこではしっかり耐えることができて自信になりました。

ところで、ペース走をするときには信号無しのコースがほしいので1.15kmの周回コースを見つけて18周するのだけれど、一人でやるには気が重いです。せっかく部活に所属しているので掲示板で募集したら、大集合の予兆があったけれど、2回とも雨で流れてしまったのは残念でした。今度またやりましょう。

 

2.     距離踏み

 長時間走っていると例えゆっくりでも心拍とは関係なく脚が疲れます。慣れることはないと思うけど覚えておくことには意味があると思って、マラソンの感覚の思い出し3時間ジョグ。娯楽というか、ちょっとしたお出かけ要素があるので楽しいです。ちょうど土浦で花火が上がる日があったので、合わせました。晴れました。土浦の花火師は晴れ男。一人で見るのも切ないのでおなじくつくまらに出るごんさん(B4)も一緒です。花火をただの炎色反応じゃんとかいう理系への偏見みたいなの嫌い、素粒子の集合体の相互作用をどう認識するかに人間の情緒が表れるんじゃん、みたいなこと言ってたら花火もフィナーレです。とても綺麗でした。

「明るい未来の光」はtwitterで見つけた荒川沖駅のイルミネーションの売り文句です。浴びてみたかったのですが、雨が降ってしまい中止になりました。代わりに、別日につくば駅を3往復(13km)して現代の光を浴びていたらせなむり(B2)に何回か遭遇しました。40kmLSDしていたそうです。彼もつくまらに出ます。すげえ。

 

 

 あとつくまらに出るつくとら’sとは、めい(B3)とコスモスを見に走りました。大きな道路の脇に集落のようなところに通じる道があって、ちょうど光の差し込む方向にコスモス畑があって綺麗でした。

 他にも主将(B3)が誕生日に召集したり、しんめい(B2)が集めた上級生パックに乗ったり、多くのひととRT外でジョグできて楽しい時間でした。なんやかんや週走行距離は伸びていき、マラソン一か月前くらいの去年との比較では

2022

9/20-26 70km,9/27-10/3 55km,10/4-10 71km,10/11-17 50km,10/18-24 46km 以降怪我

2023

10/24-30 68km,10/31-11/6 70km,11/7-13 57km,11/14-20 39km,11/21-27 49km(42.195km)

あんま変わんなかったです。強くなったんでしょうか。それか週末に大きいのドカン、よりかは10kmジョグこまめに、だったのがよかったんでしょうか。

 

Part2 レース

 

レース当日は7:30集合で陣地取り。8:00くらいからOBOGさんたちがぞろぞろ来始めました。知らない人も多かったのでなんとなく現部のほうに寄って行ってしまいましたが、B4の先輩は交流していて、折角だしもうちょっと話し掛けてもよかったのかなあと思いました。それはそれで、安心できるひとたちと話してリラックスできてよかったですが。

 

集合時間時点では気温6,小雨というコンディションだったので服装選択は大事でした。トライスーツを諦め、つくとらの白Tにまともな半ズボン,そしてカーフマンで手に入れたアームカバーを装着して、数人に見送りしてもらい(手厚い)、直前まで上下ジャージを羽織ってました。ちなみに半ズボンのポケットにはMag On4袋詰めました。ありがとう岡田先生。

 

Cブロックに割り振られた私ですが、第一ウェーブ(A,B,Cブロック)後方だったのでスタートの合図がなっても10-20秒は歩いていました。緊張感無あ()

1.     0-10km

 最初は当たり前にひとがいっぱいいて上手く走れません。加えて動いてないので寒いので、最初の戦略は端っこに行かないで風避け,保温に努めること。でも真ん中に行って身動き取れなくなるのも嫌だから完全に端にはならないようにやや右端を維持して温りました。実際、位置によって体感の寒さ結構変わりました。1kmも経ってないけど大ループの坂を超えたあたりでは普通に走れるようになりました。でもまだ色んな目標ペースのひとが混ざっていると思うので気持ち抑えつつ層の分離を待つ時間です。我慢して自分のペースを維持します。ちなみに坂頂上からの人の群れ、圧巻でした。光電子増倍管という電子を10^5-10^6倍に増幅する機械の目があるのですが、自分も増幅する電子のひとつになった気分でした。全体とは独立して意思を持っているのに、意思ごと呑み込まれてお祭り全体の一部にされてしまっている感じが良い。さて2km目くらいで大学の北限一の矢エリアを通過します。このあたりからまわりの集団へのチューニングを始めました。良さそうなペースだと思って集団に入ってペースを作ってもらう作戦です。給水で乱れたりしましたが、結局10kmくらいまでには安定したペースに入れました。

 

2.     10-30km

 良い集団に入って、端っこにならないことだけ気を付けて淡々と走ってました。多分前後も同じペースで走ってて、4’10/kmで移動する集団が密疎密疎……みたいな感じで連綿と続いていたんだと思います。5km毎にMag Onを半分ずつ飲んで給水は毎回取って、先頭と端にはなるべく行かない……、体力保管に努めました。北部工業団地を通過して21kmも通過。このままのペースでいけばサブ3達成できる。無事スタートラインまで運ぶことができました。霞ケ浦はこのあたりからペース上げてブリッジしまくって死んだので、ハーフを過ぎても何とも思わなかったです。30km弱からちょっと余裕を感じ出して、上げたくなってきたのですが我慢我慢と言い聞かせて、ブリッジは最小限に留めました。

3.     30-40km

30kmを過ぎても足も呼吸も健在でした。壁は通過を見逃してくれたようです。舞台は研究学園に移り、テンションも都市度も上がります。かっつんさん(B4),大城(B3),金田さん(B4)を無事?見つけ、つくとらの応援も聞けました。自分のペースはあんまり変わらなかったけどペースダウンする人がちらほら出てきて、集団も10人規模のものが前後にあったのが瓦解して2,3人規模になっていた気がします。一応我慢して、陸橋を登り終えた35km地点で、勝ちを確信して、下りの勢いそのままに仕掛けました。3’50-45/kmまで上げたら完全に抜かす側になってとっても楽しくて笑ってました。大学に帰ってきたあたりでカメラマンを侍らせたハリー杉山さんも抜きました。

4.     40-42.195km

相変わらず抜く側でしたがペースダウン。壁は平行移動して40km地点で待っていてくれました。でも2kmじゃ止まりません。周りも同じ気持ちなのか速かったですが、最後まで勝負できてる事実がとっても嬉しかった!総合研究棟あたりでさきさん(B4),かのさん(B4)がいて、最後の坂の前にはしんめい(B2)が応援してくれました。行きで自分のこと電子みたい~とか思ってた場所です。もう、そびえ立ってました。きつい。抜かす側から抜かれる側になってるな~って感じましたが、既にキロ7,8くらいでもサブ3は行ける距離。ダメ押しとばかりにしっかり走り切れました。タイムは2’54’07。遂にしんめいに勝てる種目が見つかりました。

 

 

寒い中、応援&労い&……ありがとうございました。結果も出て、とっても楽しい回でした。12/3()の那覇マラソン組にパスします。

2023/11/24

The Road to IRONMAN in LK 第2章 レース準備編~試走は体力温存のためナシで~

はすです。月刊IRONMANのお時間です。前回の第一章では「毎週更新します」とか言って、2回目にして1ヶ月後になるという失態。。 否、人間くささ。ダメな自分ですが、そのダメさもまた私を構成する大事な要素であります。


我ミスる、故に我在り。今日も私は平常運行でありんす。


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〈前回のあらすじ〉

準備不足の蓮沼、かくかくしかじかで渡航前日に絶望。一時は飛行機に間に合わない説もあったが、救世主Gondyが現れなんとか搭乗。

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安い航空券を買ったので、レース会場のランカウイまではクアラルンプール(以下「KL」)・ペナンの2空港を経由しないといけない。KLの空港はめちゃデカい。1億m^2という訳のわからん広さを持ち、敷地面積は世界で第2位の空港らしい。


羽田から一緒に来ていた日本人のIRONMANランナーの方は、2-3万円課金してKLから一気にランカウイまで一気に行ける飛行機を買ったのでここでお別れ。おれとコジは当然無課金プラン。取り残される2人。迷子になるのはアンパンマンが最後に勝つことよりも必然である。


空港職員の方に尋ねて、BだかDだか分からない発音や、kだかhだかわからないメモと格闘しながら無事搭乗窓口に到着。サンドイッチをほおばりペナンに出発。ペナンに到着。空港は意外とデカい。ぺナンを出発(雑)。ちなみにペナンは世界遺産もあり東西交易で栄えた歴史ある地。マレーシア・イギリス・中国・インド等々の文化が入り混じる面白い土地らしいです(留学者の受け売り)。


ここでまる1年ぶりに、マレーシアの代表料理ナシレマック(Nasi Lemak)を食べる。ココナッツミルクで炊いたご飯とおかずたちみたいな。美味かったけどやっぱ辛かった。けど美味かった。相変わらずメニューの半分以上は提供不可とか言われて、なんだか昔の記憶を色々と思い出した。1年前、自分があの環境で当然のように暮らしていたのが信じられなくもあり、なんとなく羨ましい。


↑↑ナシレマック。「ナシ」はご飯、「レマック」はココナッツミルクの意 ペナンから飛行機で揺られること1時間少々。ついにお待ちかね?のランカウイに到着!空港は飛行機から降りて歩いて空港まで向かうというローカルならではの斬新なスタイル。一面に広がる青い空に空港以外の人工物はなく、鳥は自由だった。



こじオと2人、飛行機から降りて開口一番、「あttttttっつ!!!」

それもそのはず、気温は30度越え、湿度も恐らく日本よりも高くかなりムシムシとしている。「ココ走んのか。。」と旅行者気分で飛行機に揺られ、24時間少々忘れていた絶望を思い出す。


空港内には既に多くのシーコンが並び、レースの始まりを告げようとしている。なんとなくお祭り前のワクワク感に近いものがこみ上げる。一応預けたBikeのロスバケも心配していたが無事回収。「何も壊れてませんように。。」と念じながら輪行袋を開けたら、そこにあるはずのディレーラーがない。


「あ、オワッタ」


と思ったけどよく見たら人為的に外された跡がある。あー空港職員の人が外してくれたのかな。ありがたや(自分で外せ)。


特にやることもないので、早々にUberで宿に向かう。ホテルにつき、Bikeを組み立てて、近くのスーパーもどきに食料と水を買いに行き、レストランで夕食を食べる。


当然っちゃ当然だが、街はIRONMANのニオイがプンプン漂う。「Welcome to Lang Kawi!」と描かれたトライアスリートのデカい看板、歩道では屈強なオニーさんと華奢なオネーさんがジョグり、車道では高そーなTT Bikeがラチェット音を轟かせながら過ぎ去っていき、街の人もIRONAMAN Tシャツを着てる人も少なくなく、「IRONAMA~N?」とか言いながらニコニコして手を振ってくる。これにはワクワクせざるを得ない!!やっぱ東南アジア好きやわあ。


宿の部屋が、エアコンかけると水ぽたぽた垂れる&エアコンの真下にベッドがあるから不可避的にベッドが濡れる仕様なことを除けば、到着1日目は比較的リラックスできて良かった。



〈2日目〉

この部ログの執筆現在、レースからはや1か月半が過ぎている。さすがにこの日何時に起きたかは忘れた。てか逆になんでこんなにあの日のことを思い出せるのかが不思議。それだけ特別な時間だったということか。


ん、1か月半!?まだそれしかたってないの??一年前と言われても納得してしまうくらい遠い昔の記憶でもある。


余談だが、学び続ける・新しい発見をする・自発的になる、この 3 つが時間を長く過ごす上で重要らしい。ジャネーの法則によると、人間は 20 歳で人生の半分を終えているそうだ。つまりこれからは体感時間がより短くなるということ。一方で新しい経験を得られると、脳が取り込む情報量は多くなる。処理するのに時間が必要になる程、時間感覚は遅くなるそうである。美味しいものを長く味わうためには、この3つを意識していかなくてはならない。※引用元:森さん(黒キャノンを部車として寄贈してくれた方)の2016下半期会報


新しい経験を沢山して、あっという間の人生を少しでも長く味わいたいものです。



さて、当日の備忘録に戻ります。 レース会場は宿から5-10kmくらいの場所。現地特有のどのタイミングで割り込んでくるかわからん車やバイクに戦々恐々しながらBikeで向かう。


会場に着くと、既に多くのランナーとロードバイクとIRONAMANグッツが!!!しかも受付を済ませたらなんとIRONAMANバッグが参加賞として無料でもらえた!!ちょうどスポーツバッグを切らしていたので、渡りに船とはまさにこのこと。IRONAMANグッツはBikeパンツだけで2万近くしたりめちゃ高だったけど、前週まで1ヶ月間欧州の円安物価高にもまれて金銭感覚がバグっていたので、お財布とは相談せず物欲の8割くらいを満たしながらショッピングを楽しめました(買ったのはランパンとBikeジャージ(上だけ)と食料を入れるための追加のサドルバック的なの)。



もうおなかいっぱい。十分満足しました。このまま海行ってビーチで昼寝して帰りたい。。



とはさせないのがIRONMANのしたたかなところ。記念Tシャツと記念タオルは完走しないと貰えないらしい。いや一番欲しいやつ!うーーんこのドSめ!


その他、お馴染みの日本人ランナーの方にまた再開したり、同世代の外国人選手(恐らく年代別でKONAを狙っている)から「君たちどのくらい練習してるの?」と探りを入れられたり、名前を漢字で登録しちゃったから沿道やフィニッシュで名前を呼んでもらえないことが発覚したり色々ありました。全てがおもしろかったです。


受付と競技説明会を終え、後は自由行動。もとい前日in組にとっては試走やレース準備の時間。ちょうどswim会場(T1会場)までバイクを持って行き、バイクinしないといけないが、ここから20kmくらい。悪くはない距離。ただぶっちゃけワシはバスで行きたい。地味にもう疲れてたし、もっと疲れちゃうから(情けない)。

恐る恐るこじに聞く。こいつは1カ月前までインカレ選手。体力は当日比おれの1.5倍くらいある。



はす:「なにで行くー?(バイクはいやだ!バイクはいやだ!バイクはいやだ!...)」


コジ:「グリフィンドーーール!!(バスで行きましょう!)」

はす:「Yeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeaaaaaaaaaaaa!!!!!」


コジ:(;^ω^)ナンダコイツ...



てなことがあったわけではないですけど、バイクで行きかけたところ、準備もたついてたらバスがやって来て、「もういっか」てなって2人でバスに乗りました。観光バスみたいなやつだったけどロードバイクも一緒に座席に乗せるという大胆さ。バイクは4人分のスペースをとるということをこの時初めて知った。


T1会場で危なげなく受付を済ませた後はあまり記憶がないが、はっきり覚えているのは順天?かどっかのOBの人が声をかけてくれたこと。多分僕がJUTUのシャツを着ていたからだろうが。話を聞くと、どうやらつくトラOBの山下さん(2018年度卒で主将もやった人。僕は面識ないけど、優さんや大輔さんや堀田選手やほたかさんから何度も名前を聞いたことはある)とかつてIRONMANに出たことがあったらしい。


マレーシアで繋がるのすごっと思いつつ、当時の繋がりが時を超えて現在、当時は全く関係がなかった人間(ぼく)に影響を与えたことに、おもしろさとトライアスロンの持続性を感じた。コジおはコジおで、国体合宿?で一緒になった人と再会したらしい。


トライアスロンやってると色んな繋がりができていいですね。キツさと達成感や充足感を同時に共有できる競技性も、選手を選手をつなげる大きな要因になっていると思ったり。



夜は飯食って寝ました(急に雑になる)。飯はメキシコ料理?みたいなのでカーボローディング。夜は今日こそ早く寝なければ!!と思っていたけど。結局某所属団体の代表業務でPCカタカタパチパチしないといけず、ブルーライトを全身(?)に浴びながら寝たのは11時半。


翌朝は4時起き。想定睡眠時間は4時間。


「まあ、関カレ寝れずに徹夜したけどインカレ行った人いるし、逆に睡眠不足で頭と身体が覚醒するみたいな話もあるしな」


というココでも発揮する恐ろしいポジティブ精神。しかし私は気づかなかった。インカレに行った人はそもそも当時の部内でトップレベルの実力であったこと、関カレとIRONAMANは距離が5倍違うこと、そして明日は夜も走らないといけないこと。。


なんで3つとも気づけないんでしょうね。

そして、この時の睡眠不足が翌日に大きく響くことをノンレム睡眠中の蓮沼くんは知る由もなかった。。

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前日編はここらへんにしておきましょう。IRONMANに興味があって、「どんなレースなんだろう」と思ってこのブログ(1章と2章)を開いた皆さん、ごめんなさい。恐らくあなたが求めた情報はまだ全くないと思います。ここまでは完全に旅、いや前夜祭の備忘録です。


たぶん次回から、本格的なレースレポに入ると思います。


次週、The Road to IRONMAN in LK 第3章 レース編~スポーツの名を冠したデスダイエット~

デュエルスタンバイ!


~CM~

つくトラOBでミスターつくば2023の周さんが、毎月?昔のカード縛りで遊戯王の大会を開催しているらしいです。僕もこの前ひょんなことから参加してきました。童心に戻ってとても楽しかったです。12月もやるらしいです。精神年齢を10歳下げたい方は参加をお勧めするので興味あったら周さんか僕に声かけてください