2026/07/08

ほんの少しの理由を。


2021年度入学の修士2年生(生物資源学位プログラム)の大城駿です。自身5回目の関東インカレに出場したので、そのレースレポートを記します。
 
 
去年のカンカレから、今年のカンカレは勝負できる状態で挑もうと密かに思っていた。毎年、スプリント後から半年くらい競技から離れることが多かったが、今年は出口スイムとデュアスロンが相まって頻度は満足と言えないものの、継続的な練習を積むことができた(改めて、出口さんを連れてきて、シャカカチを引っ張ってきてくれた中野となるひろにMVPを送りたい)。就活や研究で忙しくなっても週一回はswimとrunのポイント練を欠かないように意識していた。
 
3月頭に就活がほぼ終わって、優先タスクが『研究』のひとつになった時期からほぼ全てのRTに参加し、曲りなりにもカンカレ突破を目指し始めた。この辺りからの練習は同期の存在がものすごく大きかった。練習に行けば古俣も玉井も小林もいる。同じような境遇の人たちが練習に来ていている。眠いも忙しいも言い訳でしかないと自分に言い聞かせて朝練に行った。
 
5月頃からの練習は、かなり楽しかった。今まで苦労していたswimで1:40を切ることも、runで4:00を切ることも安定した形で行えていた。5月末のスプリングは、ベーストレーニングが追いついていないのと毎年アンオフィシャルのドラレースになるためパスすることを選択した。その代わりに、彩の国のODに出た。swimは蛇行でロスしたが、バイクとランは好調で、バイクラップと初のODで4:00/kmを達成した。一時的にだが先頭を走っていた。最後の最後にようやく一縷ではあるがインカレへの希望が見えてきたと思えた。
 
 
前日
朝起きたらありえないくらい、声が出なかった。湿度が高くて除湿を付けたまま寝たのが原因だったと思っている。風邪だったらやばいなと思いながら、試走の2周目はレースペースで走った。咳や倦怠感、心拍数も特段問題なく安心した。
ホテルの部屋割は、小林・渡邊・大城・玉井の2021年入部同期だった。これまでの6年間の歩みにふけるなどのノスタルジックな展開は全くなく、21:30頃には消灯していた。なんせ6年目だから。
 
当日
連日心配されていた台風の影はなく、曇り空が太陽を遮る比較的レースをしやすいコンディションだった。個人的には、ランで垂れる人が増える去年のような暑いコンディションを期待していた。ただ、どんなコンディションでもベストを尽くすだけだと思い、レースに向けて集中した。
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swim 25:37(113位)
前日から喉の調子を考え、咳や倦怠感は無いもの万が一に備えてバトルの少なそうな真ん中外側で泳ぐことを決めた。毎年、スタートのハードでアップ不足感を感じるので、ウォームアップジェルを塗り、念入りに試泳を行った。整列中、玉井・幹太・翔も真ん中外よりでスタートすると聞いたのでその後ろにつける形でスタート位置についた。
 
プォォオーー!
 
何回聞いても変だなと思うトライアスロン特有のスタート音で220人が一斉に泳ぎだした。パワー系スイマーの後ろについていた時間は、体感にして1分もなかったが集団から抜け出すには充分な助力をもらえたと思う。第1ブイ周りは鋭角なのもありバトルに気をつけて慎重にまわった。そこからは、3人くらい同じペースで泳ぐ人を確認できたので、そこを見失わないことだけに集中して最後まで泳いだ。
トランジの手順を反芻しながら陸に上がる。計測器が25:30を示し、あさひが「ボーダー3分半」を告げる。2周目が思っていた以上にのんびりしたペースになっていたのかもしれない。もう少し早く上がりたかったが、予想内のタイムだった。まだ逆転可能だと言い聞かせてトランジに向かった。
 
・T1
このカンカレのためだけに、新調したHUUBのウエットスーツがなかなか足首から離れてくれなかった。なんとか落ち着いてウエットを脱ぎ、地面に置いたゼッケンベルトとヘルメットをつける。ふらつくバイクを避けて、安全な位置で飛び乗りしたところで中野を見つけた。
 
 
バイク 1:03:56 (79位)
周回コースの180°ターンのところで中野に追いついた。レースプラン的には、最初の1周はswimで上がった心拍数を1度抑えて、2周目以降からイーブンペースを刻み続けるつもりでいた。ただ、中野を見つけたことでそうも言っていられなくなった。なるべく中野と漕いでいる時間を増やしてボーダーを追いかけることにした。しかし、2周目の登り辺りでレッドゾーンを超えてしまいズルズル離されてしまった。下りで足を休めて、それ以降はギリギリのラインを攻めながら漕いでいった。ほとんど単走だったため、立ち上がりのたびに出力を出さざるを得ず、ラスト周回に脹脛をつった。反省として、登りと立ち上がりの対策に、3min-3minのインターバルを行っていたが、ハード後の3分をレストではなくL3強度でつないで、より単走の状況下に置いた方が良かったと感じた。
 
いつも通り、ギリギリまで踏み続けて降車ラインに向かう。
 
T2
ラックにバイクをかけて、ランニングシューズを履く。屈んだ拍子に腹筋をつりかける。
 
 
ラン 42:21(103位)
トランジを出たところで、梅木・あさひから「ボーダー3分」の声をもらう。バイクで全然縮まってないのはわかってたけど、ここまでかよって一瞬萎えそうになった。ただここで諦めて後悔するのはうんざりするほど繰り返してきたから、最後くらい諦めずに頑張ろうって思い直した。バイクで足を使いすぎて思うように足が出ない。無理やり腕を振って足を降り出す。外周途中で、金井を捉える。必死に動かない足を動かしたが、こっちの思いに反してペースは横ばいのまま、最後の内周を迎えた。つくトラの陣地付近でおそらくボーダー辺りの集団がゴールした実況が耳にスっと入ってきた。事実上、インカレに行くことは不可能になってしまった。せめてひとつでもいい順位で終わろうと動かない足に鞭を打って、もうなにも残っていないゴールテープを切った。
 
 
総合 2:11:54  87/197

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ゴールした瞬間に、あぁもう心臓がキュッとなるような冷たさを味わなくていいし、永遠に感じるような緩斜面のキツさも、重い足を引きずって走らなくていいんだって思った。でももうこのゴールテープを笑って切れる日は来ないんだと思うと少し泣きそうになった。いろんな人がここを通過していく姿を見てきた。いつかは自分もと思ったけど、そのいつかを実現するための努力が足りなかった。3年次以降中途半端にしかトライアスロンを続けられなかった自分のせいだから仕方がない。
ただ修士になってからしのさんや、古俣を中心に多くの人に背中を押してもらって、ちゃんとインカレを目指すためにカンカレに出られて良かったと思えた。理想とする結果、レース内容ではなかったし、後悔が決してないわけじゃないけど、この日のために出来ることをやって、諦めずに走れた。清々しく那須塩原にお別れできたと思う。
改めて、応援していただきありがとうございました。
 
 
最後に
この半年くらい朝練に眠過ぎて2度寝したい日や、ジョグに行くのをやめようとした時など、挫けそうになるたびに「大型トラック1杯分」だと思い浮かべていた、お気に入りの言葉を紹介させてください。
 
走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのを辞めるための理由なら大型トラックいっぱいぶんあるからだ。僕らにできるのは、その「ほんの少しの理由」をひとつひとつ大事に磨き続けることだけだ。暇をみつけては、せっせとくまなく磨き続けること。(村上春樹、「走ることについて語るときに僕の語ること」)
 
トライアスロンを続けない理由や、練習を休む理由、手を抜く理由なんて大型トラック1杯分以上にあると思います。それでも、そこに打ち勝って自分にとっての「ほんの少しの理由」を見つけて、とにかく競技を続けることが大切だと、僕の6年間をかけて言わせてください!
まだ、チャンスがあって少しでもインカレを目指したい気力がある人たちが来年後悔しないことを願っています!
 
最後まで読んでいただきありがとうございます。

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