2026/10/11

ラストレースと周辺

お疲れ様です、修士2年の小林です。
9/27(日)インカレ@観音寺出場しました!
↓結果
Σ 2:06:47 (100/152)
Swim 24:48 (90)
Bike 1:02:45 (109)
Run 39:14 (85)
 
切符を掴んだ関カレから、インカレまで4か月。以前、関カレ突破は「掴むべきして掴んだ」と書いた。インカレはどうだっただろうか。正直、結果には満足していない。直前の練習での感覚では、もっと目指せると思っていた。感覚の良さとは対照的に、ダートな条件で動きが崩れたときに崩壊してしまったのは基盤の問題だ。原因は、練習の絶対量不足?圧倒的な練習時間を背景に、基盤作り、高強度練習、実践練習をサイクルしていくような戦い方は、生活の何かを変えない限り難しかったと思う。他のことで、総合的な生活に満足してトライアスロン個別での不満足に向き合わなかったという意味で「掴むべくして掴んだ」結果なのだろう。とはいえ、したいことをするだけの最低限の武器は揃えられていたと思うので、最大限発揮できなかったことには反省する価値はあると思う。
 
チームビルディングに関しては、みんなのブログを読んでわかるほどの熱は自分にはなかった。今年は特に、入部してからずっと、練習頻度はA班かもしれないが、向ける気持ちはB班だったと実感する。時間を使っていないことに気持ちだけ使うなんてことはできない。熱に受動的に呑まれてしまうのは嫌で、自分の中で制御して技術や練習強度の向上に利するようにしていた。つくとらの団体順位に貢献する権利とできる実力はあるので、勝てばいい。団体順位という団体の目標と、完走から離れ、最高の成績でフィニッシュしたいという自分の目標は合致する。勝って結果で皆の熱に貢献できればいいなと思っていた。
 
目標(理想)のレース展開は、Swimをそこそこの位置で上がって、余裕を持ってBikeの大集団に参加し、Runで発射するというもの。Swimが22 – 24分までの選手はBike終了までには大集団になるので、かなり再現性のある展開だと思っている。
 
Swim 24:48 (90)
レーススタートのほんの直前まで、緊張感はあまりなかった。その時は自信の塊だったのだろう。レースがスタートする。皆前に出るために大乱闘。大巻き込まれはなかったが、多少乗られたりしながら第一ブイへ。第一ブイは混み合っていて全然前へ進めなかった。腕をかくのを止めて、顔を上げて、沈められないようにキックだけ打っていた方が楽だし進んだくらいだ。しばらく自分の立ち位置が分からなかったが、一周目の上陸で岡田(広島)が視界に入った。東日本インカレで23分弱の選手だ。いい位置にいると信じて2周目。縦伸びした集団の後ろの方にいて、チェーンスイムしたり、ブイ前で速度上げたり、上手くできていたと思う。途中から中部大のユニフォームがずっと横についているのに気づいて、その子とセットスイム。やっと、OWSの練習でイメージしてきた泳ぎになった。調子よくスイムアップした。サポートからはBikeの速い選手たちが後方にいるとの情報を聞き、ひとまず大集団に乗る権利は得ることができたことになる。最低限クリア。
今回、Swimでの腕時計着用禁止だったので、終始タイムが分からなかったのだが、Slackのレース実況によると23’52上陸。レース中はそんなこと知る由もなく、かなり良いタイムで上がったと信じていた。

Bike 1:02:45 (109)
トランジ出る直前に古俣(M2)が入ってきた。Bikeスタート。前に小集団ができていたが、自分も4人くらいの集団の中にいて、後ろから来る大集団を集団で前待ち。大集団に吸収される。古俣入り。(ブログを読んで)声をかけてくれていたらしいが、漕ぐことに集中というか、意識が向いていて、古俣の声もサポートの声もほとんど聞こえていなかった。結局前の小集団も回収し、良いレース運びだった。序盤は上手くローテーションに入れる(前を引いた、という意味ではない)余裕もあり、折り返しで前に位置して安全な立ち上がりができていた。中盤、先頭集団の速度を気にして?集団のペースが上がったあたりで少しきつくなり、自分の立ち位置がコントロールできず集団の後方で折り返してしまった。後ろで折り返して立ち上がるのはとてつもなくきつい。一度目は死ぬ気で踏んで追いついた。すぐに集団復帰したとはいえ、足はかなり削れた。その次の周の折り返し手前で集団内で「漕げるやつ俺についてこい!」という掛け声が挙がり集団全体の速度が上がった。ついて行くだけでアップアップになって前に入り込むこともできず、折り返しを再び最後方で迎えることになった。ここが踏ん張りどころなのは明白だった。分かっていたので全力で踏む。足りない。練習でそんなことはできていない。同じように出遅れたひとたち数人で集団を組み、追いつこうとする。最後の望み。その集団からも離れた。レースから追い出されたという感覚が強く残り、頭真っ白になってちょっと泣きそうになった。とはいえ集団から千切れたという事実はどうしようもない。りんりんではないので、先に折り返して前待ちはできない。目標をLAPされずにBikeを終えることに切り替える。後ろを振り返るとだいぶ後ろに2人くらい来ていたので、前待ちしてとりあえず気持ちも心拍も落ち着ける。巡行40 km弱で引き合ってくれている後ろを一度も前に出ずに2周くらい?つかせてもらった。土下座。対向には先頭集団が見えていたが、最後の大集団がクッションとして間に入っていたのでまだ大丈夫なはずと思って現状維持状態だった。そのままLAP前最後の半周で大集団に吞み込まれる。ひとまずLAPの可能性はなくなって安堵した。最終周はそのまま無難に終わった。公園へ入ったところでRunを始めた玉井(B5)、古俣と視界に入る。いつもなら玉井と5分差なら詰められるとか思って意気揚々と走り始めるのに、なぜか、追いつけないんだろうなと思ってしまった。気持ちが後ろ向きすぎる。

Run 39:14 (85)
逃してはいけない場面を、逃すまいと奮闘して逃した時から、気持ちは枯れてしまっていたのだろう。LAPされないというとりあえずの目標も達成して、Runはダイジェスト編のようだった。足ももちろんきついのだが、気持ちの向かう先を再設定できなかった。慣性で走っている間、沿道のど真ん中を走っていられる時間を、インカレの一選手として迎えられている自分を楽しむことができて、それはとても良かった。タイムとしてはキロ4強、過去2回のインカレよりも速いタイムで走りきれたが、涼しく、走りやすい条件だったのだろう。相対的には85位という微妙な数字に落ち着いた。ともかく、「発射」と言える走りではなかった。
 
今後
今後、SwimとBikeで流れを作るほどの力はなく、平均より速いRunでボーダー突破、というタイプのインカレ出場者はいるだろうと思う。僕が来年、もっと良い順位を取りたかったらこうしたいな、ということをまとめて終わりにしようと思う(あまりタイムトライアルをしておらず、適切な距離での直近の数字がなくて参考にならないかも)。
 
Swim 21:20/1500 m (2026/10/2), 5:21/ 400 m (2025/5/4)
練習で意識してよかったこと
・チェーンスイムの感覚
 個人的には前の人の脇辺りに位置すると楽に感じる。明確に楽に感じるという感覚を得てから、単泳での泳力も一気に向上したので、なんとなく楽に感じるのではなく、明確に楽に感じるような状態まで持っていけると良いと思う。
・自分より少し速いひとの後ろについてメインメニュー
 最大出力を上げるのに、精神的な負担を軽減することができて良いと思う。もちろん、メニューを全てこなせないこと前提なので、どこまで削るか、事前に自分の中で決めておかないとただ垂れて終わりのメニューになってしまうけど。。自分の適性ペースでこなしきることも大切なので、3:1くらいの良い塩梅で入れられると良いと思う。
練習でできなかったこと
・スタート直後のハード
 100H 300modみたいな練習はたくさん行っていたが、それでも適正集団の前方への抜け出しに必要な最大出力は上がらなかったなと感じる。スタート直後のわちゃわちゃがひと段落したときに、プールスイム22分台の集団前方にいたかったら、何mを何秒で泳げるフォームがあれば良いのだろう?
・海練
 上記の練習などで泳力は上がって、プールスイムのタイムで測ることはできたが、海での感覚や指標が一切なかった。海デバフがかかった際の適正集団はどこなのか?そもそも海デバフを減らすことはできないか?せめてインカレ選手だけでも、海で泳ぐ頻度が確保できると良いのかなと思った。
本番でできたこと
・スタート直後の位置確保
 プールでのOWSで、速い人のモデレート or イージーに参加できる泳力がついたので、わちゃわちゃの中で誰かの脇付近に位置を確保する機会がたくさんあり、本番の大乱闘の中でも楽に感じるところに位置することができたと思う。
本番ですべきだったこと
・(玉井のブログにあるような)適正集団の前待ちができればよかったと思うが、できるだけの武器は揃えられなかったので、言うことなし。
 
Bike 12:07/不動峠 (2026/9/2)
練習で意識してよかったこと
・ツキイチ
 本番でも結局ずっと後ろにいる展開になった。インカレのBike速度で耐える練習は大事と思う。
練習でできなかったこと
・集団での立ち回り
 上記の通り、ツキイチで練習をしていて、基本後ろにいて千切れたら先に折り返して前待ちして再度ツキイチ、みたいな練習をしていた(インカレ前には、15 kmツキイチできるようにはなっていた)。練習では千切れても次があるので、そこに甘えた練習になってしまっていたとは思う。そもそも千切れないためにはどうすればいいか?ベースがあればもちろん良い、ベースがない中では、折り返しで前に位置するとか?練習を「漕力をつける(良い閾値練習)」ではなく、「集団内に残り続ける」という目的で練習する回を増やしてよかったと思う。
・ベーストレーニング
 15 km集団走みたいな練習一辺倒で満足していた気がする。実際に、本番では集団のペースが上がったことも大きな要因だが20 kmくらいで千切れた。40 kmを見据えて、自主練でミドルライドを入れる頻度を増やさなければいけなかったと思う。
本番でできたこと
本番ですべきだったこと
・状況判断
 そもそも、後ろで立ち上がるような状況はなるべく作りたくないし、実力ないならなおさらだ。立ち上がりを死ぬ気で踏むよりも、集団がペースアップするタイミングで死ぬ気で踏んだ方が楽に決まっている。今回の千切れるターニングポイントは、最後方で折り返した瞬間だったと思うので、その前の状況判断次第で可能性はあったと思う。冷静に考えられられるくらい、頭をclearにしておく。。

2026/10/08

インカレレースレポート 「20秒だけ時間をください」

お久しぶりです.皆さんいかがお過ごしでしょうか? 
筑波大学理工学群工学システム学類 4年次5年生の喩です.

私はインカレが終わってからの2週間,完全に燃え尽きて抜け殻になっていました.ですが,雨続きだった9月から一変,10月は清々しい秋晴れ.さすがに運動を再開しました.やっぱり体を動かすと毎日が楽しいし,何事も上手くいきますね.

今日の朝日峠展望台(with 古俣)

挨拶はこのくらいにして,2026年9月27日の現実に向き合い,お伝えしていきたいと思います.今回はレース前や練習の話はすっ飛ばして,レースプランとレース本体について詳しく書いていきます.

インカレの目標

ここ2〜3年これしか言っていないので書くまでもないですが,一応.

  • 個人6位入賞
  • 団体6位入賞

個人で6位以内に入賞すると,毎年配られるインカレのプログラムに名前と大学名が載ります.学生トライアスロン界に名前を刻める,名誉ある称号なのです(大学受験の模試の冊子に名前が載る,あれのようなものです).

レースプラン

エリートレースの最大の特徴は,なんといってもバイクの集団走です.スイムを誰と,どの位置で上がるかで,レースの強度と順位がほぼ決まります.

そのため,事前にスタートリストや各選手の実力を把握し,自分のレースプランを持っておくことが必須です(2024年あたりから実践しています).私のプランは以下の通りでした.

スイム

  • 上流側,インの右端からスタート
  • 得意のスプリント能力で最初に楽に抜け出し,持続できる強度へ移行
  • 1周目は20位前後
  • 2〜3周目は位置をキープ
  • 20位前後でスイムアップ.第2集団の後ろか,第3集団の先頭で上がる

バイク

  • 第2集団(長谷川・藤代・島田)が前にいれば,漕ぎ出しをハードに入って追いつき,追いついたらツキイチ
  • 第3集団(油井・本木・岡本)の先頭にいれば,冷静に乗り出し,直線で集団にジョインして早めに余裕を作る
  • インカレのコースは狭く,折り返しで集団が縦に伸びて脚を削られるので,集団の前方で折り返すことを意識
  • T2も混むので,公園に入る手前の橋のコブで集団から抜け出し,集団の先頭からランスタート

ラン

  • 順位を取りに行くので,最初はどんなハイペースでも絶対についていく
  • 2024年スプリントの時のように,気合いの走りで入賞に滑り込む

過去3回のインカレの経験や周りの意見から,「インカレは先頭で牽制が発生するので,少なくとも第3集団まではバイク終了までに先頭に追いつく」というのが定説で,自分もそう思っていました.しかし,この固定観念が文字通り命取りになりました.

レースレポート

スイム 21:23(33位)/参考 20:55(9位)

Bシード,名前順で16番.関カレ云々のアナウンスを横耳に名前をコールされ,予定通りインの右側へ.みんな右に固まると思っていたが意外とばらけていて,インにいたのは5〜6人.インのイン,本当の右端にスペースがあったので,我が物顔で入り込んだ.(つくとら内では「可能な限り右に行く」と伝えていたつもりだったが,意思共有が足りておらず動揺させてしまったらしい🙏)


隣もシード選手で,最初は真っ直ぐ行こうと示し合わせていたので,第1ブイまではノーバトルの完璧な出だし.少し左(玉井たちの隣)からスタートした日大の森選手と第1ブイ手前で合流したので,デグ練の経験を活かして森選手の脇あたりの水をかき,体もピッタリ密着させた.うざいだろうなと思いながらも文字通りコバンザメさせてもらい,先頭でブイを回る.

第2ブイまでの中盤までは先頭を維持できた.しかし本来の泳力差から急に不安になり,遠慮の心も出てしまい,真後ろにつくとズルズルとピュアスイマーたちに抜かされていった.

スタート直前まで説明のなかった第3ブイを回って上陸すると,おそらく駿の「ひろと前」という声が聞こえた.2周目に入る飛び込みで東海のトライスーツを見つけたので,この位置をキープしてスイムを終えれば入賞,ひいては優勝争いができると安心した.第2ブイまでは何事もなく,ただついていくだけ.


ところが第2ブイを回ったあと,普段はない第3ブイのせいなのか,パックの中で進行方向にばらつきが出て3〜4人で軽くバトル状態に.これで集団から少し間が空いてしまった.

それでも焦らなかった.去年の国スポで同じ状況を経験し,オールアウトで間を埋めれば集団に復帰できると知っていたからだ.少しの中切れを確認し,全力でキックを打ち,腕にも力を込めて水をかく.次のブイまでには埋められると思ったが,ここで足首を掴まれ,上に乗られる.後続のためにも中切れを埋めようとしているのになぜ?と思いながら前を追うが,妨害は続いた.諦めて後続の選手に引っ張ってもらおうと前を譲ったが,ペースは上がらない.

2周目の上陸時点で,ひろとの集団から20秒前後の差.3周目,厳しいがまだ戻れると思い1人で前を追ったが差は変わらず.第2集団から20秒遅れ,第3集団の先頭でスイムアップとなった.

バイク 1:00:11(68位) ave 41.4 km/h/NP 230W

ひろとは逃したが,プラン的にはまだ許容範囲内.実際,バイクの速い日体大の本木選手がすぐ近くにいたので,まだ全く諦めていなかった.

直線に入るまではハードで前を追う.苦手な漕ぎ出しだが,水曜日に散々練習してきた甲斐もあって余裕を感じた.5〜6人を引き連れて周回コースに入るあたりで,先行する本木選手を含む4人を吸収し,10人ほどの集団を形成.サクッと先頭に追いついて休憩タイムに入れると思っていたが,ここで大誤算が起きた.この時点では先頭+1:30

リザルトからの考察だが,第1集団にひろとを含む第2集団が追いつくと,牽制どころかさらにペースアップ.先頭パックには団体上位を狙う日体大・日大・慶應・立命館がそれぞれ3人ずつ送り込んでいたため,協調して後続とのタイム差を広げにかかったのだ.

こちらもバイク力のある6人ほどで上手く回して前を追ったが,2周(バイク15km)ほど消化して先頭とのタイム差を聞くと2分.決して遅くはないペースで追っていたのに,差は広がっていた.追走で脚を使っていたうえ,折り返しで後続パックとの差を見ると30秒ほど.前よりは断然近い.集団内で意見交換し,脚を緩めて後続を待つ判断をした.

半周して後続パック(こうとのパック)が追いつくと,ここから一気にスピードを上げ,先頭まで追いつこうと積極的に動いた.ペースを上げるためにローテーションを待たずに前へ上がって牽引.集団も大きくなったので,折り返しでは前を陣取ってまたペースを作る.

このままいけば先頭まで届くはず.レース中はそう思っていたが,先述の通り先頭パックは追いつかれまいと協調していた.残り1.5周まで脚を使って追う姿勢を見せたが,タイム差3分の表示を確認.ここで急に冷静になった.もう入賞争いはできない.念願の個人入賞は絶望的だ.

それでも,絶望している暇なんてなかった.今回は個人だけじゃない,団体がまだある.ローテーションをやめて集団後方へ下がり,こうとを見つけて「この集団で戦うしかない」と伝えた.目的が完全に団体入賞だけになり,集団を牽く意味がなくなったので,脚を貯めることにした.

こうととペースアップに備えて後方待機

周回を終え,公園の手前.事前の打ち合わせと試走通り,橋の手前からペースアップ.右コーナーを抜けてから単独走になった.この集団でついてきたのは日体大の本木選手くらいだった.降車ラインギリギリまでスピードを落とさず,上手く飛び降りる(ここも地味にタイム差が生まれるポイントだ).

T2

トランジションもいつも通り難なく済ませ,T2を出るとサポートから「20位」の声.あぁ,やっぱり個人入賞は無理なのか.一瞬,脳裏に絶望がよぎった.

でも,桐の葉で自分が言った「一瞬たりとも諦めない」を思い出した.団体にはまだギリギリ滑り込めるかもしれない.第2集団に2人,後ろから来る3人のうち誰か1人が追い上げてくれれば,団体のプランは崩れていない.自分の使命は,つくとらの選手として,エースとして,1秒でも早くゴールすることだ.

ラン 34:16(17位)

例年,キロ3'30ペースで走れば入賞というのが相場で,自分もこのペースを擦り切れるほど練習してきた.入りの1kmは3'25,2kmは3'24,6km通過までの平均ペースは3'25.攻めた.個人入賞の夢が潰えた悔しさも忘れて,攻め続けた.

後半,第1集団の選手を何人かキャッチし,16位ほどまで浮上.しかしサポートの顔色が気になる.団体の状況が芳しくないことを薄々悟った.足もキツくなってきた.


不穏な気配を少し悟って険しい表情


それでも,最後まで何があるかわからない.諦めるわけにはいかない.後半少しペースは落ちたが,フィニッシュ.

フィニッシュ後

もちろん個人順位には全く納得いっていない.それでも,最善の立ち回りと最大努力量のランでタイムを削り出した.やれることはやった.あとは2人がすぐに来てくれることを祈った.

だが,なかなか来ない.次に来るはずのこうとの状況をサポートに聞くと,足を引きずっているとのこと.2年生で初インカレ,しかも怪我を抱えた状態のこうとに快走を頼るのは,荷が重すぎた.

そんなことを考えていると,古俣が来た.泣きそうな古俣の顔を見て,その意味を悟った.2番手で古俣が来た時点で,こうとと玉井が走れていないことが確定する.全員がうまくいって,その上でいくつかの奇跡が起きないと入賞できなかった我々に,もう希望はなかった.

負けた.完全敗北.個人入賞も団体入賞も逃した.全てに負けた.これが最後のインカレか….


総合 1:56:26(18位) 男子団体11位


次回は,リザルトを見返しての感想戦を書こうと思います.

2026/10/06

これからも神輿は担がれていく

 日本学生トライアスロン選手権、通称インカレを終え、身体も心もふわふわしている修士2年の古俣です。

 終わってしまったという喪失感と、やっと終わったという解放感の中、なるべく新鮮なうちにレースレポートを届けるべく、久しぶりにデスクの前に座っている。
 
 今年のインカレは、僕自身が経験した、これまでのどのスポーツ経験よりもアツく、かけがえのない時間だった。
 シーズン初めからインカレの団体入賞のことだけを考え、トレーニングとミーティングとチームビルディングを繰り返してきた。勿論、目標は完走ではなく、団体6位入賞。そして、そのための貢献。チームの為に2時間を戦うことにフルコミットした。
 これを目指せるチームにいられたことに、まずは感謝したい。ありがとう。
 この経験を来年以降に繋げるべく、あの日起きたことを起床から時系列で淡々と残しておく。

 本当は、10/3頃に書き終わっていたが、瀧澤や玉井のレポを読んで、自分のレポの自身を守る言葉ばかりの文章にうんざりし、若干の加筆修正をした。

2026年9月27日 6:00 起床

 
 緊張していた割に、前日はすんなりと眠りにつくことができた。外から聞こえる雨の音に一度絶望し、二度寝した記憶があるが、それ以外は目覚めの良い朝だった。
 朝食ではバナナや稲荷寿司などの固形物を食べ、胃を目覚めさせる。準備はあらかた整っていたため、7時からのトランジオープンに向けて宿を出た。


7:00 トランジオープンその1
 
 バイクに乗って会場へ向かう。1回目のトランジオープンでは、搬入をバイクのみに留めた。搬入時に雨は降っていなかったものの、雨がぱらつく予報が出ていたため、ギリギリまでエキップメントを雨から守ろうと、それ以外の道具は2回目のトランジオープンで搬入することにした。
 この時点で特にやることはなく、搬入を終えたあとは自分たちのレースまで宿で待機することにした。


8:00 宿一次帰宅
 
 宿に帰り、女子のレースをインスタライブで見ながら、レース前のひと時を過ごす。ちょっとうたた寝をしたり、トイレに行ったりと、ゆっくり過ごすことができた。今年は筑波から女子の出場者がいなかったからこそできた過ごし方だが、やはり女子がいないのは寂しい!!
 来年は女子も強い筑波になる事を、秘かに期待している。

10:00 移動(アップ)

 試合の開始時間に合わせて宿を出た。荷物をサポートに任せ、宿から会場までの1㎞ちょいをジョギングで移動する。1回目のトランジオープンの際はやや肌寒さを感じたが、打って変わってちょっと暑いくらい。開催時期が9月上旬から下旬に移ったことで、気温の変化に適応する力がより問われるようになったと感じる。
 陣地に着いてからも、ジョギングで体を温めたり体幹を入れたりと、レースの準備を淡々と進める。
 今回はレース前の補給にも力を入れた。その一環として、Maurten(モルテン)の「Bicarb System」(以下、バイカーブ)を導入した。
 高強度の運動をすると筋肉で水素イオンが生じ、体内が酸性に傾いてパフォーマンスが低下する。これがいわゆる「乳酸のキツさ」の正体だ。バイカーブは、重曹を経口摂取して血液の緩衝能力を高め、この酸性化を抑えるものである。重曹は、数十秒から数分の高強度運動で特に効果が出やすいと言われている。「重曹を食べればいいじゃない」と誰かが文句を言いそうだが、ただの重曹ではいけない理由がある。重曹をそのまま摂取すると、下痢などの胃腸障害が懸念されるのだ。モルテンはハイドロゲル製法によって、胃腸への負担を抑えながら効果を得られるようにしている。
 これが、僕たちの喫緊の課題であったスイムアップからバイクの乗り出しまでの独特のキツさを解決してくれると考え、試験運用を経て導入に至った。効果については後ほど。

10:30 桐の葉
 
 全員が集まり、桐の葉を歌う。この2年間で一番気合いの入った桐の葉。今年最も、チームが一つになった瞬間だったと思う。

10:55 トランジオープンその2

 
2回目のトランジオープン。1回目は雨を避けるため必要最低限の道具しか搬入していなかったので、少しジタバタした。
 1本目のボトルには、PRECISION FUELのカーボオンリードリンクミックスを3スクープ(糖質45g、180kcal)とPH1000電解質タブレットを1錠。PRECISION FUELは日頃の練習から使わせてもらっており、レースだけの特別なものではなく、普段どおりの補給でレースに臨める環境に感謝している。もう1本のボトルには、日が出たり隠れたりする天気だったので、体にかける用の真水をセット。2本とも持ってきたつもりが1本しか手元になく、焦った。緊張していたのだろう(笑)。
 バイクに積むジェルは、MaurtenのGel 100 Caf 100。1袋で100kcalとカフェイン100mgを摂取できる。PRECISION FUELのドリンクとMaurtenのジェルは、何度もレースで試して導き出した「試合中にお腹が空かない最強のセット」だと考えている。もちろん個人差があるので、何よりも事前に試してみることが大切だ。
 タイヤの空気圧は4.8barに設定。普段は5.5barで乗っているが、路面が濡れている可能性と、前日の試走で感じた路面のガタつきを考慮して、若干低めにした。(レース中、タイヤがスリッピーな感じがして若干苦労した。もう少し気圧を下げてもよかったんじゃないかと少し反省。)
 とまあ、これらを15分ほどで完了。トランジでのヘルメットやシューズの配置も、1秒でも削れるようにシミュレーションを重ねて決めた。もちろん、このシミュレーションはトランジオープン中の15分で行ったものではなく、前日の下見などを踏まえたうえでの話だ。とにかく準備が大切である。


11:10 入水チェック

 
 アンクルバンドを受け取り、入水チェックへ。一緒にスイムアップを狙う小林と第一ブイまで泳ぐ。小林のSティアキックの後ろについてドラフティングする練習を続けてきたので、「今日も練習通りに」と言い聞かせて調子を確認する。依然としてスイムへの苦手意識は拭えず、スタート前は毎回不安だが、「自分ならできる」と信じて入水チェックを終えた。
 予想外だったのは、思った以上に波を感じたことだ。第一ブイで波に揺られる感覚があり、上がってから若干ふらついた(ふらついている僕を見て、駿は不安になったそう)。今シーズンはあまり海で練習できておらず、海に対する準備が不足していたと感じている。来シーズンに活かすなら、海合宿だけでなく日常的な海練習も組み込んで、トレーニング計画を立てていくべきかもしれない。

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入水チェック。「意外と波あるなぁ」とか考えてる。

11:40 スイム 25′03″(107)

 スイムは1周500mを、上陸を挟んで3周回。
 スタートは筑波でまとまる作戦で、内側の2列目を選んだ。ドinではなく、インよりという事前のシミュレーションだったが、喩の位置取りに若干動揺する。とにかく準備と、コミュニケーション。どこかで齟齬があったのかもしれない。玉井とスタート前に少し会話した記憶があるが、玉井を右側に配置し、瀧澤‐小林‐古俣と並んだはず。
 スタートして玉井が壁になってくれた左側は凪だったが、右側でバトルが発生。思いっきり右目を殴られる。殴られた瞬間、視界が飛んで何も見えなくなり、30秒ほどは勘で泳いでいたと思う。後で動画を確認すると、スタート直後に殴られ、びっくりして浮き上がっている恥ずかしい姿がしっかり映っていた。
 普段ならガン萎えだが、ここで諦めるほど生半可な準備はしてきていない。立て直しに入る。
 話は少し変わるが、上陸から乗り出しを楽にすることを狙って導入したバイカーブの効果を、実はここでめちゃくちゃ実感していた。あくまで個人的な感覚だが、スイムスタートのバトルは強烈な無酸素運動で、普段なら乳酸がドパドパ出る感覚がある。しかし今回はそれを感じることがなく、どう立て直すかを泳ぎながら考える余裕すらあった。
 とはいえ、1周目の上陸で小林に離され、もう一人のターゲットだった東海大学の宮下選手にも先行を許してしまう。それでも、まだ余裕があったこと、そしてサポートからのタイムギャップの声掛けが正確だったことで、冷静に2周目に入ることができた。結果的に途中で宮下選手を抜き、3周目の第一ブイを過ぎたあたりで小林のSティアキックを捉える。小林のキックを感じ取った時の安心感は、今でも忘れられない。
 ボロボロの1周目から、ズルズルと垂れることなく立て直せた今回のスイムで、今までやってきたことが正しかったと証明できたと感じている。ただ、タイムには納得していないので、スイムの強化は続けていきたい。

12:05 T1

 小林が15秒ほど前で上陸。宮下選手が30〜40秒後方にいることを伝えてもらい、トランジで稼ぐ数秒がバイクの展開を左右すると判断して全力ダッシュ(できていたかは不明)。タイムギャップなど、サポート体制は完璧だった。今回のサポート体制は蓄積させていきたい。
 この頃にはバイカーブの効果は切れていたのか、普通にキツかったのを覚えている。
 
12:06 バイク 59′22″(21)

 乗り出しで6人ほどの小集団を形成。公園を出て一本目の橋で小林を確認し、集団に声をかけながら前を追う。バイクの強い宮下選手が40秒ほど後方から追ってくることは分かっていたので、追いつかれる前に10人以上のパックを作ることが生き残るための最低条件と考えて立ち回った。結果的に10人ちょいの集団を形成し、周回起点の手前あたりで単独で追ってきた宮下選手に吸収される。
 集団の中でも宮下選手の引きは強烈かつ長く、彼が引き始めると20人弱が縦一列の棒状になるという、トライアスロンでは中々、したことのない経験をした。
 義務ローテをまわしながら、集団走が苦手な小林に「引かなくていいからとにかく俺の後ろに!」と声掛けをするが、多分聞こえてなく、めちゃくちゃ足を削っているなと後ろから見ていたのはここだけの秘密。
 2周目までは難なく進んだが、3周目の奥の折り返し地点、目の前で落車が発生。折り返しでスピードが落ちていたのが幸いし、クリートを外して回避はできたものの、集団の先頭はすでに巡航スピードに戻っており、大きく離されてしまった。ここで離されたらレースが終わると察し、この日最速の54.3km/hを記録する。体感3分ほど400W強で踏み続け、何とか追いついた。
 ここで僕は悟る。「これ、減速レーンで後ろまで下がったら終わる」と。当たり前の話だが、レースの集団走と練習の集団走は別物だということを忘れていた。日々のチームメイトとのトレーニングでは、綺麗に巡航スピードを上げる練習ばかりで、レースでの位置取りや展開の変化を感じ取る嗅覚を養う練習が足りていなかった。
 いつもりんりんで行っている、綺麗に巡航スピードを上げる練習はNPも高く出るし、心拍数も上がって、やった感が強い。もちろんそういう練習も大切だが、ただ出力が高いだけの練習を重ねるのか、レースに近い練習を重ねるのか、考えていかなくてはいけないと痛感した。
 そんなことを頭の片隅で考えながら、レースは進んでいく。途中、宮下選手と中部大の山田選手の抜け出しを許す場面もあったが、周りの選手と協調しながら、最終的にスイムを21分30秒で上陸したパックに追いつく。このパックには玉井がいた。合流したことで集団は膨れ上がり、T2に入る頃には先頭と最後尾で30~40秒ほど差があるような状況だった。
 玉井とは事前に、団体順位のために「僕や小林が追いついた段階でアシストに入る」という話をしていた。僕はなんとか追いついたものの、集団のほぼ最後尾で、もう脚も残っていない状態。そこで僕に気づいた玉井が、すっと後ろに下がってきて、僕の前に入ってくれた。玉井が風を受けてくれたおかげで、脚の残っていない僕でも何とかついていけた。そうして集団の外側から少しずつ位置を上げ、気づけば前方まで連れて行ってくれていた。その時に交わした言葉を、僕は忘れることはないだろう。たぶんその時、すでに少し泣いていたと思う。
 後から分かったことだが、宮下選手の「超特急」に途中下車せずT2まで乗り続けた選手の中で、最もスイムアップが遅かったのはおそらく僕だった。振り返ると、本当にヒヤヒヤする。

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玉井による魂のアシスト。ちょっと泣いた。

13:03 T2

 
 玉井のおかげで、集団の前方でT2へ。スムーズにシューズを履き替え、ランへ向かった。

13:04 ラン 36′21″(42)

 最初の1kmは3'30"で入ったが、そこから驚くほど脚が動かない。T2で玉井を抜いた時点で、僕が団体のためにタイムを稼がなくてはいけないのに、周回途中の強烈な上りと下りでリズムが狂っていく。
 とにかく走れなかった。期待されていた走りをここ一番で発揮できなかった。弱い。僕は、追い詰められた状況をひっくり返せるほどのゲームチェンジャーじゃなかった。
 途中、足を引きずりながら走る瀧澤を抜いて、団体順位が厳しいことをなんとなく察した。故障している瀧澤に頼る事しかできなかった、自分がとてつもなく情けなかった。
 学生トライアスロンは3シーズン目、日本インカレも3回目。初めて靴を履けた。ようやくここに辿り着いたはずなのに、上手く走れない自分が悔しくてしょうがなかった。それでも、雨の中途絶えることなく続く声援を胸に走った。走れた喜びもあったが、走れたことにほっとしている自分にうんざりしたり、走りで抜かれるという経験したことのない絶望に襲われたり。とにかく申し訳なかった。
 トレーニングでのブリックランは、長くても3kmほど。今までのブリックでは距離が足りなかった可能性を感じている。走り出しをかっ飛ばすトレーニングも重要だが、じっくり時間と距離を重ねる練習も必要なのかもしれない。要はバリエーションとバランスだ。
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Overall 2°00′26″ 個人P55 団体p11

 ようやくゴール。ただでさえ少し泣いていたのに、駿を見て涙が溢れた。この2年間一緒に闘ってきた喩を見て泣きながら抱き合った。瀧澤が本気で悔しがっているのを見て、感謝と申し訳なさが同時に押し寄せた。玉井のゴールに、感謝と共にまた涙した。今日を迎えるまでサポートしてくれたみんなにねぎらわれ、その顔を直視できなかった。学部時代に所属していたアフロの同期に背中を叩かれてほっとした自分もいた。小林は最後まで笑顔だった。


 涙を一通り流し切り、冷静になった。負けた。完敗だった。団体入賞し、みんなで笑顔で帰ることが目標だった。それができなかった。

 その中で、忘れられない一言が。金田さんがゴール後の雑踏の中、「大抵は納得できなくて悔しいものだけど、これからどうするかだよ」と声をかけてくれた。

 さて、これからどうしよう か。

 「今年の筑波は強い」。誰もが口をそろえてそう言っていた。だが、本当に今年だけだろうか。僕はそうは思わない。筑波の闘うチームという神輿は、ようやく地面を離れ、担がれ始めた。そしてそれは担がれ続ける。僕はそれを確信している。

 だから僕はこれからも担がれていく神輿を、許されるまで見届けようと思う。
 
 長くなったが、このレースレポートが誰かのインカレの原動力になることを祈って、終わりとしたい。
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今年のインカレ選手。個性豊かで強い。最高のメンバー。

2026/10/05

日本デュアスロン選手権ブログ

インカレブログで盛り上がってくる頃ですが,僕もインカレの翌週にデュアスロンの日本選手権に出てきたので,レースレポとして残します。M2の渡邊です。

8月末から練習を再開して,約1か月,このレースに向けて準備してきました。ランはキロ5で5キロ,バイクは210Wで10分が限界からのスタートで,かなり厳しい一か月でしたが,なんとか1stで戦えるランと,バイクでくらいつくだけのパワーまでは戻しました。1stランで打ちあがらないだけのペースコントロールと,bikeで千切れても次の集団に乗るだけの余力を残した立ち回りができて,100%の力を発揮すれば完走いけるかなぁという感覚でしたが,ぎりぎり完走できました。嬉しいです。欲を言えば日本トライアスロン選手権のクオリファイポイント(先頭から8%以内のタイムでゴールすればもらえる)が欲しかったところでしたが,それには及びませんでした。一旦レースレポします。

前日は国際武道大OBの大樹さんと試走をして,コーナーや立ち回りのアドバイスをいただく。大樹さんのご家族総出で応援にいらしていて,僕の応援もしていただけると。今回は一人だったので本当に心強い。思ったより風がきつく,単走になりたくないなぁなんて考えながら走る。
競技説明会で,LAPの基準が周回差ではなく,先頭が2ndrunの折り返し(大体1.3km地点)に入るまでにbikeがその地点を通過していないと最終周でもLAPになるということを知り,ショックを受ける。
今回ランとバイクが同じコースで行われるので,ランナーと自転車が重ならないようにするためだそうだ。バイクコース1周が6.33kmで,周回差なら8分差くらいが基準と思っていた。このルールだと4,5分差ぐらいがボーダーになるので,きっちぃという印象を受けた。

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↑ラン折り返して返ってくる時と,バイクが返ってくる時でコースが同じで危ないからLAPになる

レース当日
気温は暑くも寒くもない。風はあるが前日よりはまし。行きが向かい風,帰りが追い風。前日に少し雨が降ったが路面は乾いており,悪くないコンディションに感じた。

コースフォーマットはラン,バイクともに手前の折り返しが大きく円を描くようになっており,奥側はコーンを周るもの。手前でいかにノンブレーキで突っ込むかと,奥のコーナーでおいていかれず立ち上がりで踏めるかが重要になってくる。

1stランは余裕をもって走り第二集団に乗る。バイクは千切れない,2ndランを3'40/kmで走ってクオリファイポイント獲得が最高のレースプラン。
1stで突っ込んで打ちあがり,垂れて4,5人の集団になってしまい,無理して前に出ようとして千切れてLAPが最悪のレースプラン。
こんな感じかなぁと想定。

初めてのレース前のコールにドキドキ。大きく名前を呼んでくれるの嬉しい。
それではレース開始
レースフォーマットは4.93km(2.33km+2.6km)-31.65km(6.33km×5)-5.33km(2.6km×2+0.13km)

1st run 15:49 (ave 3'12/km) 32位/51人
意識したのはマイペース。自分は集団で走るのが苦手。多分ピッチがかなり速く,同じピッチの人があまりいないため合わせるのが難しいからかな。練習でも前の方が後ろより楽だし心拍数も低い。集団をつくることを考えず,最低限先頭の動きが見える範囲でゆったり走る。最初の一周は牽制していて,先頭でも3'10/km切るくらい。この時かなり余裕もあり,今思えば先頭で戦う勇気を出して前に出ても良かったかも。2周目から先頭がペースを上げたが,ついていかずに一人で走る。先頭のペースアップからこぼれた人を抜かしつつ,第二集団が数秒前に見えていたので少しペースアップ。少し頑張れば確実に追いつけたが,バイクのことも考えて維持か判断がつかず,結果第二集団にギリつけず,後ろは10秒以上離れる中途半端な位置で1人ランをフィニッシュ。パフォーマンスは良かっただけに,判断ミスが悔やまれる。エリートレースはこういう判断の積み重ねも結果に直結するんだなと実感。自力で展開を変えられるチャンスだったが,そこは経験不足もある。100点の走りではないものの,悪くない走りだった。

1st トランジ
3~5秒前に第二集団がいて,急いでトランジしたがぎりぎり間に合わず,トランジで手間どっていた人と二人になってしまった。

bike 50:02(ave 38.3km/h) 41位/41人
二人で前を追ったが,僕が限界が来たので無理と言って後ろを待つことに。ほどなくして第三集団の東北大のとおるくんのパックが来たのでそこに乗る。何とか乗れたが前に出れない。4回に1回とかしか出れず,,,なんならとおる君に「リョウタさんギア下げた方がいいっすよー」なんて気を使ってもらう。ホントありがとう。

しかし,1周目の手前のカーブで数人がコースアウトをして集団が壊れてしまった。従来のコースから変わったと前日説明会で言ってたじゃん,,ちゃんと聞いといてやと思いつつ,後ろにいるから集団に戻るのに手間取り,東海の津田君と二人千切れてしまう。
正直ここで諦めそうだったが,津田君に「二人で頑張りましょう」と言ってもらい,気持ちを切らさずいけた。ほどなくして東北大の俵君のパックが来た。さっきの集団より速い。振り落とされそうだったが何とか乗っかった。この集団はマジで速くて前に出ることは厳しかった。めっちゃ怒鳴られた。皆ごめんなさい。その後先ほど千切れたとおる君のパックに追いつき,15人くらいの集団になった。そのまま2,3周目を終えたが,4周目の奥側の折り返しで中切れが起きかけた。やべぇと思って死ぬ気で踏んで埋めた。本レース唯一の功績。しかしそこでかなり足を使ってしまい,最終周の立ち上がりで千切れてしまった。

最終周だからと言ってLAPの可能性がないわけではない。あの集団はかなり速かったからよほど落とさなければ大丈夫だと思っていたが,向かい風が強く思うように進まない。行きの向かい風は耐えて帰りの追い風でオールアウトの作戦にする。行きのすれ違いでは先頭とパッと見0.4周差ほど。うーん,4,5分差つくと終わりと考えると半周差ちょいでアウトかなぁとか適当に計算して,割とやばいと思い踏ん張る。
帰りの追い風でオールアウトし,何とか先頭のランより先にポイントを通過。バイクを終える。

良かった点は後ろから来る集団においていかれずスピードに乗れたこと,千切れても諦めずに後ろの集団に乗り,前の集団に追いついたこと,コーナーでも上手く立ち回って後れを最低限にできたこと,最後千切れても総崩れせずに耐えきったこと。今までのレースでは一度打ちあがってからは何もできなかったことが多いが,そこは良かった。
悪かった点は前を全然引けなかったこと。正直頑張ればちゃんと回せるというレベルではなかったが,パワーをもう少し上げれば最終周千切れるのは防げたように思う。まずはそこを目指して,集団を落とさないことを意識したい。
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↑千切れた瞬間

2ndトランジ
ヘルメットを指定のかごに入れないとペナルティなのでそれだけ気を付けてやった

2nd run 21:43 (ave 3'58/km) 40位/41人
先ほどの集団と最終周のわずか6kmで2分差つけられてしまった。もう周りに誰もいない。爆速で先頭の高村君や岡田さんに周回差で抜かれる。速いなぁ,あれキロ3'10切ってるなぁ。なんて思いながら,ピッチだけは先頭の人たちに合わせる意識に変えた。一つ学びだったのは,バイクで出し切った時はピッチもストライドも死んでいる。この時に頑張って足を前に出してストライドを上げてもペースは上がらない。大事なのはペースよりリズムで,自分のリズムで走ればおのずとペースは上がってくる。自分の走りができてからストライドを徐々に上げていけばいい。結局なんでも基本が大事なんだなぁ。特に自分の様に集団で走るのが嫌いで,マイペースで走りたいなら頑張らずに走る。それを意識したら最初キロ4を超えていたが,徐々にキロ4を切ってきた。もうどうやっても順位は変わらないが,せめていい走りを保ってキロ4を切って終わろうと思い,淡々と走り続ける。最後まで集中を切らさずに完走者最下位でフィニッシュ。

finish 1:27:34 41位(完走者41人,出走者51人)

完走できた,,,
嬉しい反面,改善点,願望が多かった。
・今回の1stの展開なら,今の自分でも頑張れば先頭集団に乗れた(と思う)から,勝負しても良かった(かも)。50人中半数が先頭だった。それは追いつかん
・結局それができなかったのはbikeが弱いから1stで勝負ができなかった。bikeのパワーを上げて,得意のランを100%活かせるようにしたい
・後輩に引かせるの情けない
・2ndでつぶれないようにbikeで足残せるようにしたい
・練習はパッドがあるバイクジャージだが,本番のトライスーツはパッドがないからお尻くそ痛くて2ndきつかった。慣らすのにトライスーツで練習するのありかも
・結局自分がいた集団で2nd走れた人までがクオリファイポイント獲得だった。その瀬戸際の勝負したかったよ
・タラればだし,ほぼ無理だが,1st runで勇気を出して先頭についていって,大集団の後ろで風よけさせてもらって奇跡的に千切れずに2nd runも走れる世界線も,可能性は0ではなかった

結局あとちょっとのswim,あとちょっとのbike,あとちょっとのrunで展開は大幅に変わる。そこを埋め続けていくのがトライアスロンなんだなと改めて感じた。
あと書いていて思ったけど,やっぱりbikeが雑魚すぎて得意を打ち消してしまっている。集団回すのは厳しいかもだが,せめて千切れない,2ndに足を残せるだけのbikeにできたら,デュアスロンでかなり上に行けると思う。素のランは決して弱くない。久しぶりに未来の見えたレースだった。

関カレが終わってから目標が見つからず,またトライアスロンから逃げていたが,ミーティングでインカレに向けてつくトラが全力で取り組んでいるのを見て,もう一度本気でレースに出ようと思った。マイナスからのスタートだったが,よく完走したと思う。しかしもっと強くなって戦える選手になりたい,トライ(デュ)アスロン楽し〜って思えたレースだった。

2026/10/04

チームとして

6年次5年の玉井彪己です。
2023以来のインカレに出場してきましたので、レースレポを書き残します。

今年は筑波から男子5人が出場しました。これは2018年以来の快挙であり、且つ今年の5人はLAPに終わる可能性が極めて低い、それはすなわち、2008年以来となる団体入賞を目指すスタートラインに立てたということです。
東日本インカレで団体3位という順調な滑り出しを経て、チームとして団体入賞に挑んだのが今回のインカレでした。


Swim0:22:33 55/152
スタートは5人で内側にまとまろうって話してたのにシード選手(ゆB4)が直前でドinを選択したせいで、ゆを核として集合することができず、他の3人とも離れてしまい、やや左寄りで単独スタートとなった。ちなみに左隣はスイム1位の選手だった。
スタート前までには良い集中を作れたと思う。反応良く飛び出せて最初の10秒だけは先頭の景色が広がっていた。徐々に飲み込まれていくがトップスイマーにドラ泳することで延命してつなぎ、体感2,30番くらいで第1ブイにたどり着けた。その甲斐あって想定していたバトルはなく拍子抜けするほどあっさりターンできた。スタートの抜け出しの重要性を再認識するし、やっぱり得意だと実感する。
1周目までに出遅れたスイマーに泳速の違いを見せつけられながら適正位置までずるずる下がっていく。
駿M2にターゲット選手(兄)は目の前!と指さされる。内心、1周目は先行できている感覚だった。かなり面食らったが追う他ない。が、一人また一人と抜かれる。耐えきれない。弱い。これ以上出力上げると保たないと思った。ここで賭けに出られてたらと今思う。結局第1ブイまでに離されてしまい、単泳になり、自分の泳ぎを作り直しているときにたきB2に抜かれた。たきは出遅れたっぽい。逆に自分はまだ舞える位置にいるとも慢心した。やっと着いていける集団に入ることができて、そこにはシード選手(東選手)やりっきー(とんとら)という去年の第1パックギリ追いつき組がいた。去年と同じ牽制展開ならまだ耐える。首の皮1枚つながったか。3周目はずっと集団内で吸い続けた。今思うと自分の牽く意識があれば。ギリ追いつき組に所属できて完全に当初のターゲット選手を追う気がなかった。スイム3周目は牽制する。遅れているという感覚で3周目で10秒でも速ければ展開が違っていたと思う。結局15秒前の子が第2集団への最終便だった。


Bike1:02:02 101/115
T1の浜ランはインカレで1,2を争うほどキツい。ランの地力が無い自分は余計にそう思う。りっきーに浜ランで抜かれた。抜かれ際に玉井さん行きましょうと声かけてもらった。が浜ランで若干出遅れてしまった。漕ぎ出しは3minハードと腹を括っていたつもりだったけどヘアピン抜けたあたりで後方の4,5人集団に甘えた。単走で牽ききるという覚悟も自信もなかった。りっきーは5秒以上抜けていた距離感だったが、自分の集団を待たせてしまう形になった。声かけもらった手前申し訳ない。折り返しで前20秒。まだ諦めていない。復路で4人に減った。折り返しで前30秒。諦めていない。2周目の奥折り返しで前40秒。前は既に20人ほどの集団。諦めた。

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ここで自分のレースは終わっていた。
勝負勘がなかった。3回チャンスあった。
スイム2周目初めと3周目の集団泳。そしてbikeの漕ぎ出し。3回もチャンスがあって勝負に行けないなら勝つ資格は無い。
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それでも今年は自分都合でレースを終わる訳にはいかない。団体入賞というチームとしての目標がある。
一旦脚を貯める。ローテも時々キャンセルして後ろを待った。4,5周目あたりで大きな集団に回収され、ペースも上がったのに、脚は休まった。6周目の最後の折り返しでみやはる号(東海)に追いつかれた。そこには古俣M2がいた。
先頭にたきとゆが乗っている。古俣がここにいるということは、ランの実力的に彼が団体3番手。
すなわち、自分への戦力外通告だった。
それでもなお自分にできることはあった。
追いついたばかりで40人集団の最後尾にいた古俣をラスト半周で先頭まで引っ張り上げる。これがこの展開で最善の策だとは一瞬で理解できた。
集団前方にいた自分は下がり続けて古俣を探した。
最後尾付近に瀕死の古俣を発見した。こんな古俣に走らせたほうが俺より早いのかよ。くそ情けねえ。
前行くぞ!と声かけ、古俣を後ろに装填して、周回コースを抜けて空いた右の対向車線から抜け出し、ラストの右折前には先頭に出られた。古俣も先頭付近で脚を貯め始めたので、自分の役目は終了し、自分もランに備える。
半分以上エゴでしかないけど役割を与えてくれてありがとう。団体頼むと言うことしかもう自分には出来なかった。

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最終盤に先頭に上がれた自分と古俣(右側)


Split1:24:35 76/115
Run0:40:55 95/114
最後脚を使ったとはいえ、決して売り切れてはない。この時点で4番手だが、万一の抑えとして走る。いつも通り集団のほとんどに置いてかれて単走。もう気分はペーランだった。ペースは見ていないがキロ4ちょいだろう。
3周目でたきと1分と言われた。あゝやっぱり足痛かったか。でももうペースは上がらなかった。足を引きずるたきを想像するだけでしんどかった。


総合2:05:30 90/完走114
結局追いつけずに4番手でゴール。
泣いているたきや古俣にかける言葉が見当たらず、他大のメンツとの感想戦に逃げた。

全てが弱かった。
走れない自分は第2に乗れなかった時点で負けていた。
swimbikeは仕上げたつもりだったけどあと一歩足りなかった。
runは相変わらず勝負に関われない。自分も期待されて走ってみたい。

個人・団体共に散々な結果だったけれど、チームとして目標を持って臨めた今年のインカレは過去のどのレースよりも楽しかった。
ああこんな楽しいなら競技続けとけば良かったと思うと同時に、自分には(何故か)来年もあるという喜びもある。

医学同期も社会に出る来年、トライアスロンをやる意味は大きい。正真正銘のラストシーズンまでにやれることはそう多くないことを知っているから、一つ一つ大事にやっていく。来年も目標を持ってインカレに挑めるチームであるために。

最後に
インカレ組へ一言ずつ
ゆ→ゆが居なければ団体を目指せなかった。23年からずっとエースを引き受けてくれてありがとう。
古俣→古俣がつくとらに熱を与えてくれていたから俺も戻ってこれた。ありがとう。
たき→2年生なのに重責に耐えてくれてありがとう。そしてごめん。
小林→ずっと負けてたけど、最後だけおれが勝ったね。ラストイヤー復帰してくれてありがとう。

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2026/10/03

インカレ レースを振り返って

物理学類2年の瀧澤です。初めてのインカレに出場してきました。


去年のインカレを見て、来年ここに立てたらなーと思いつつもその熱は1ヶ月ほどで消えてしまい、気づいたらカーフマンが終わり、そこからみんながインカレの切符を掴むのに燃えてるのを見て、僕も感化され3月から約半年間トライアスロンに労力を割いてきました。レースレポを書くことは自分のレースの振り返りができたり、気持ちの整理ができる機会ででもあるし、インカレはつくとらの代表?として出るレースなので来年インカレを目指す人の糧になればと思って詳しめに、そして今思っていることをなるべくわかりやすく文字に起こしてみようと思って書こうと思う。




まずレースの結果


Swim 21:53 36位

Bike 1:00:43 55位  Sprit 1:22:36 37位

Run 42:05 99位

Total 2:04:41 85位


Swim

スイムは週3回泳ぐことを目標に練習していて、1ヶ月ぐらいはそれを達成していたので1500mを泳ぐ力はカンカレの時よりついていたと思う。自身もあったが、不安もあった。出口さんのスイムレッスンでずいぶん感覚が良くなったのも感じてたし、オープンウォーター系の練習も今までで一番積めてた気もする。来年も出口さんにしっかり一年かけて教わってインカレに臨んだ方がいい結果がみんないい結果が得られそうだなと感じた。


初めて浜からダッシュして飛び込み、泳ぐレースだったのでいまいちどういう感じなのかわからず本番を迎えた。練習で浜から走って飛び込む練習はしていたけど本番は人数も圧迫感も違い少し怖さも感じた。最初にシード選手が呼ばれ、しんめいさんが一番右をとったのを確認し、隣に入ろうと思ったが、うまく入り込めなそうだなと思い、6、7人左側の先頭を陣取った。他のつくとら選手と少し離れてしまったがまあ仕方がないと思いスタートの準備をした。


スタートの合図がなり、勢いよく飛び出そうとしたが浜の飛び出しに少しビビってしまい飛び込んだ後、うまく前に出られず足を引っ張られたり、上に乗られたりでものすごくバトってしまった、、(来年出る人は抜け出すか抜け出せなかったらバトルを覚悟するしかないよ、カンカレなんかのバトルとは比にならない)

ファーストブイの半分ぐらいまでバトルしていたら先頭の方がどんどん前にいっているのを見てこれはまずいと思い、一度後ろまで潜って下り、大右まで出た。集団の後方になってしまい、少し焦ったがまだある程度取り戻せると思い、少しずつ前に行こうと思った。


隣の人にドラして前の人に移る、またその人にドラして前に移るを繰り返してなんとか少しずつ順位を上げていった。そしたら2週目のセカンドブイの前あたりで玉井さんを発見した。さすが玉井さんは抜け出し上手いんやなーって思いながら隣を泳いだ。

2週目の後半に前で中切れが起きてるのを見てなんとか埋めようと思い、前に出て中切れを埋め、そのまま浜での折り返しをした。そこが一番きつくて、飛び込んだ後、すぐ前の方でまた中切れがでてていたが集団中盤ぐらいにいる自分には何もできなかった。


ここの集団でスイムフィニッシュだなーと思い、正直相当最初で遅れたからやばいかなーと思いつつも諦めず、集団のペースを上げるため集団先頭まででて、3周目の第1ブイを回ったあたりから先頭を引っ張った。交代交代で先頭をひっぱり、最後のブイを回る少し前マーク一番のマーク選手、油井牧志が泳いでいたのでこれを逃さなければまだある!と思い、トランジに備え心拍下げようと2番目で泳いだ。そのままスイムアップしトランジに入った。

スイム泳いで感じたのは最初の出だしがめっちゃ大事なこと、練習で100H400modとか入れてたからつくとらの選手は抜け出せた人も多いと思う。(ビビっちゃってうまくとびだせなかったけど、、、)あとは1500mあるけど実質2周少し手前ぐらいでパックに分かれてそこから楽になるから勝負は900mぐらい。




1st トランジ

集団2番目で上がってそのまま浜を走ってトランジへ、スイムの最後で心拍を落ち着かせたからか余裕を持って走れた。ヘルメットに刺していた金田さんから借りたサングラスが落ちてしまい、拾ってトライスーツに挟んでそのままバイクを押して走り出す。2番目でトランジインしたのにバイクに乗る頃には集団後方になってしまった、、、、。今回はトランジの遅さが直接的にレースに影響しなかったが今後エリートレースや、その他レベルの高いレースになればなるほど影響すると思う。


トライアスロンで3種目早くするのももちろん大事だけど、3種目のどれかで10秒削るより、トランジで10秒早くする方が楽だと思う。




Bike

走り始めてすぐ4人集団になった。水曜スイム練習でスイムからすぐ3分バイクをやっていたのもあり、呼吸も打ち上がらずすぐコースに入った。そのまま初めは4人で集団になり、すぐ前の油井集団を追った。

コース半周で追いつきその時にはもう15人程度の集団になっていた。追いつくので少し足を使ってしまい、そのまま最後尾で折り返しでバカ踏み、休憩するも前に行けず後ろの方でふみふみを3周ほど繰り返していた。結構きつかったがちぎれるほどはキツくなかった。そして4周目ぐらいで前の集団に追いつきそこにしんめいさんもいた。一安心し、集団も大きくなり、ずいぶん楽になった。このまま先頭まで行き、ランニング勝負になるんだろうなーと思い、足を貯めに行く動きに切り替えた。

なかなか前の集団が見えない、、。このまま追いつかないのか??と思ったらどこ大かわからないがサポートの人が先頭から3分と叫んでいた。残り距離も少ないのに3分??これは絶対追いつかない、、やばい、、そう思っていたらしんめいさんが下がってきて、この集団で行くしかないみたいなことを言ってたのでランに備え最後尾まで下がった。


事前に周回コースを抜け、橋のこぶ?みたいなとこのさしかかったら前にでてトランジを先頭で終えようと話していたので、段取りどうり後ろからこぶが見えたら上がって90度カーブを終える頃には集団先頭でしんめいさんの後ろにいた。これは成功だと思う。


バイクで思ったのは足を鍛えるのももちろん大事だし、集団内での余裕度が違ってくるので大事だと思うが、集団内での立ち回りでキツさが全然変わってくる。

あと、事前にどこで何をしようと決めていると迷わず動けるので特にトランジ前とかは決めておいた方が良い。


2st トランジ

早く靴履けるように練習しないとな、、、他はいうことない、、




Run

走り始めてすぐ足首に違和感があった。初めは大丈夫だと思い、走り始めたけどうまく反発をもらえない、、三週間も走ってないんだから少しぐらい変な感じしてもおかしくないでしょと自分を言い聞かせて走ってたけど1周目の下りで明確に痛みに変わった。着地すると明らかに痛い、、走り方をうまく変えてなんとか走ったけどスピードは出ない。時計をつけてないからわからないけどおそらくクロカンはキロ5は超えてたと思う。


どんどんどんどん抜かれていく、、2周目の登り前で古俣さんに抜かれ、諦めるなよ!みたいなことを言われた気がするがあんまり覚えてない。心臓には余裕があるのに足が回らない、、やめて歩こうかなとも思ったが筑波3番目だったので団体に関係する!と思い、諦めず走った。(途中歩いてたけど)

こんな走れない自分なのにみんなは諦めずすごい声援を送ってくれるからすごく悔しい?気持ちだった。

ラスト2周回はあんまり覚えてないけどきっと醜いレースをしてたと思う。


そんなこんなでゴールした。

ランで思ったのはトライアスロンはランが早くないと競技としては楽しめない、、レース中に声をかけてくれた人も早く走れている人は楽しそうだった。


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Total

ゴールしてすぐ自分は弱いなーと思ったのと同時に今までのレースで一番の悔しさを感じた。今回のレースプランはスイムをTTして、バイクでうまく集団に乗り、先頭集団まで行ってランニングで39分で走るというを目標にしていた。実際はバイクも先頭集団で終われずランはほジョグ、、、、正直インカレで戦う実力は全くないのが現状だった。

ただ自分よりずっとトライアスロンに詳しいインカレメンバー4人と一緒に練習したり、同じ目標に向かって努力できたのはいい経験だった。


とりあえず今年の冬は冬眠しないことを目標にする。一旦は足を直すのとインカレ後の長めのオフが星いいのでにほとんど部練には行かないかもしれないが、足が治り次第、徐々に練習に顔を出そうと思う。