今年のインカレは、僕自身が経験した、これまでのどのスポーツ経験よりもアツく、かけがえのない時間だった。
目標は完走ではなく、団体6位入賞。そして、そのための貢献。チームの為に2時間を戦うことにフルコミットした。
これを目指せるチームにいられたことに、まずは感謝したい。ありがとう。
この経験を来年以降に繋げるべく、あの日起きたことを起床から時系列で淡々と残しておく。
緊張していた割に、前日はすんなりと眠りにつくことができた。外から聞こえる雨の音に一度絶望し、二度寝した記憶があるが、それ以外は目覚めの良い朝だった。
朝食ではバナナや稲荷寿司などの固形物を食べ、胃を目覚めさせる。準備はあらかた整っていたため、7時からのトランジオープンに向けて宿を出た。
バイクに乗って会場へ向かう。1回目のトランジオープンでは、搬入をバイクのみに留めた。搬入時に雨は降っていなかったものの、雨がぱらつく予報が出ていたため、ギリギリまでエキップメントを雨から守ろうと、それ以外の道具は2回目のトランジオープンで搬入することにした。
この時点で特にやることはなく、搬入を終えたあとは自分たちのレースまで宿で待機することにした。
試合の開始時間に合わせて宿を出た。荷物をサポートに任せ、宿から会場までの1㎞ちょいをジョギングで移動する。1回目のトランジオープンの際はやや肌寒さを感じたが、打って変わってちょっと暑いくらい。開催時期が9月上旬から下旬に移ったことで、気温の変化に適応する力がより問われるようになったと感じる。
陣地に着いてからも、ジョギングで体を温めたり体幹を入れたりと、レースの準備を淡々と進める。
今回はレース前の補給にも力を入れた。その一環として、Maurten(モルテン)の「Bicarb System」(以下、バイカーブ)を導入した。
高強度の運動をすると筋肉で水素イオンが生じ、体内が酸性に傾いてパフォーマンスが低下する。これがいわゆる「乳酸のキツさ」の正体だ。バイカーブは、重曹を経口摂取して血液の緩衝能力を高め、この酸性化を抑えるものである。重曹は、数十秒から数分の高強度運動で特に効果が出やすいと言われている。「重曹を食べればいいじゃない」と誰かが文句を言いそうだが、ただの重曹ではいけない理由がある。重曹をそのまま摂取すると、下痢などの胃腸障害が懸念されるのだ。モルテンはハイドロゲル製法によって、胃腸への負担を抑えながら効果を得られるようにしている。
これが、僕たちの喫緊の課題であったスイムアップからバイクの乗り出しまでの独特のキツさを解決してくれると考え、試験運用を経て導入に至った。効果については後ほど。
2回目のトランジオープン。1回目は雨を避けるため必要最低限の道具しか搬入していなかったので、少しジタバタした。
1本目のボトルには、PRECISION FUELのカーボオンリードリンクミックスを3スクープ(糖質45g、180kcal)とPH1000電解質タブレットを1錠。PRECISION FUELは日頃の練習から使わせてもらっており、レースだけの特別なものではなく、普段どおりの補給でレースに臨める環境に感謝している。もう1本のボトルには、日が出たり隠れたりする天気だったので、体にかける用の真水をセット。2本とも持ってきたつもりが1本しか手元になく、焦った。緊張していたのだろう(笑)。
バイクに積むジェルは、MaurtenのGel 100 Caf 100。1袋で100kcalとカフェイン100mgを摂取できる。PRECISION FUELのドリンクとMaurtenのジェルは、何度もレースで試して導き出した「試合中にお腹が空かない最強のセット」だと考えている。もちろん個人差があるので、何よりも事前に試してみることが大切だ。
タイヤの空気圧は4.8barに設定。普段は5.5barで乗っているが、路面が濡れている可能性と、前日の試走で感じた路面のガタつきを考慮して、若干低めにした。(レース中、タイヤがスリッピーな感じがして若干苦労した。もう少し気圧を下げてもよかったんじゃないかと少し反省。)
とまあ、これらを15分ほどで完了。トランジでのヘルメットやシューズの配置も、1秒でも削れるようにシミュレーションを重ねて決めた。もちろん、このシミュレーションはトランジオープン中の15分で行ったものではなく、前日の下見などを踏まえたうえでの話だ。とにかく準備が大切である。
アンクルバンドを受け取り、入水チェックへ。一緒にスイムアップを狙う小林と第一ブイまで泳ぐ。小林のSティアキックの後ろについてドラフティングする練習を続けてきたので、「今日も練習通りに」と言い聞かせて調子を確認する。依然としてスイムへの苦手意識は拭えず、スタート前は毎回不安だが、「自分ならできる」と信じて入水チェックを終えた。
予想外だったのは、思った以上に波を感じたことだ。第一ブイで波に揺られる感覚があり、上がってから若干ふらついた(ふらついている僕を見て、駿は不安になったそう)。今シーズンはあまり海で練習できておらず、海に対する準備が不足していたと感じている。来シーズンに活かすなら、海合宿だけでなく日常的な海練習も組み込んで、トレーニング計画を立てていくべきかもしれない。
スイムは1周500mを、上陸を挟んで3周回。
スタートは筑波でまとまる作戦で、内側の2列目を選んだ。ドinではなく、インよりという事前のシミュレーションだったが、喩の位置取りに若干動揺する。とにかく準備と、コミュニケーション。どこかで齟齬があったのかもしれない。玉井とスタート前に少し会話した記憶があるが、玉井を右側に配置し、瀧澤‐小林‐古俣と並んだはず。
スタートして玉井が壁になってくれた左側は凪だったが、右側でバトルが発生。思いっきり右目を殴られる。殴られた瞬間、視界が飛んで何も見えなくなり、30秒ほどは勘で泳いでいたと思う。後で動画を確認すると、スタート直後に殴られ、びっくりして浮き上がっている恥ずかしい姿がしっかり映っていた。
普段ならガン萎えだが、ここで諦めるほど生半可な準備はしてきていない。立て直しに入る。
話は少し変わるが、上陸から乗り出しを楽にすることを狙って導入したバイカーブの効果を、実はここでめちゃくちゃ実感していた。あくまで個人的な感覚だが、スイムスタートのバトルは強烈な無酸素運動で、普段なら乳酸がドパドパ出る感覚がある。しかし今回はそれを感じることがなく、どう立て直すかを泳ぎながら考える余裕すらあった。
とはいえ、1周目の上陸で小林に離され、もう一人のターゲットだった東海大学の宮下選手にも先行を許してしまう。それでも、まだ余裕があったこと、そしてサポートからのタイムギャップの声掛けが正確だったことで、冷静に2周目に入ることができた。結果的に途中で宮下選手を抜き、3周目の第一ブイを過ぎたあたりで小林のSティアキックを捉える。小林のキックを感じ取った時の安心感は、今でも忘れられない。
ボロボロの1周目から、ズルズルと垂れることなく立て直せた今回のスイムで、今までやってきたことが正しかったと証明できたと感じている。ただ、タイムには納得していないので、スイムの強化は続けていきたい。
2周目までは難なく進んだが、3周目の奥の折り返し地点、目の前で落車が発生。折り返しでスピードが落ちていたのが幸いし、クリートを外して回避はできたものの、集団の先頭はすでに巡航スピードに戻っており、大きく離されてしまった。ここで離されたらレースが終わると察し、この日最速の54.3km/hを記録する。体感3分ほど400W強で踏み続け、何とか追いついた。
玉井のおかげで、集団の前方でT2へ。スムーズにシューズを履き替え、ランへ向かった。
最初の1kmは3'30"で入ったが、そこから驚くほど脚が動かない。T2で玉井を抜いた時点で、僕が団体のためにタイムを稼がなくてはいけないのに、周回途中の強烈な上りと下りでリズムが狂っていく。
とにかく走れなかった。期待されていた走りをここ一番で発揮できなかった。弱い。僕は、追い詰められた状況をひっくり返せるほどのゲームチェンジャーじゃなかった。
途中、足を引きずりながら走る瀧澤を抜いて、団体順位が厳しいことをなんとなく察した。故障している瀧澤に頼る事しかできなかった、自分がとてつもなく情けなかった。
学生トライアスロンは3シーズン目、日本インカレも3回目。初めて靴を履けた。ようやくここに辿り着いたはずなのに、上手く走れない自分が悔しくてしょうがなかった。それでも、雨の中途絶えることなく続く声援を胸に走った。走れた喜びもあったが、走れたことにほっとしている自分にうんざりしたり、走りで抜かれるという経験したことのない絶望に襲われたり。とにかく申し訳なかった。
トレーニングでのブリックランは、長くても3kmほど。今までのブリックでは距離が足りなかった可能性を感じている。走り出しをかっ飛ばすトレーニングも重要だが、じっくり時間と距離を重ねる練習も必要なのかもしれない。要はバリエーションとバランスだ。
ようやくゴール。ただでさえ少し泣いていたのに、駿を見て涙が溢れた。この2年間一緒に闘ってきた喩を見て泣きながら抱き合った。瀧澤が本気で悔しがっているのを見て、感謝と申し訳なさが同時に押し寄せた。玉井のゴールに、感謝と共にまた涙した。今日を迎えるまでサポートしてくれたみんなにねぎらわれ、その顔を直視できなかった。学部時代に所属していたアフロの同期に背中を叩かれてほっとした自分もいた。小林は最後まで笑顔だった。
涙を一通り流し切り、冷静になった。負けた。完敗だった。団体入賞し、みんなで笑顔で帰ることが目標だった。それができなかった。
金田さんがゴール後の雑踏の中、「大抵は納得できなくて悔しいものだけど、これからどうするかだよ」と声をかけてくれた。
。
「今年の筑波は強い」。誰もが口をそろえてそう言っていた。だが、本当に今年だけだろうか。僕はそうは思わない。筑波の闘うチームという神輿は、ようやく地面を離れ、担がれ始めた。そしてそれは担がれ続ける。僕はそれを確信している。
だから僕はこれからも担がれていく神輿を、許されるまで見届けようと思う。