2026/10/06

これからも神輿は担がれていく

 日本学生トライアスロン選手権、通称インカレを終え、身体も心もふわふわしている修士2年の古俣です。

 終わってしまったという喪失感と、やっと終わったという解放感の中、なるべく新鮮なうちにレースレポートを届けるべく、久しぶりにデスクの前に座っている。
 
 今年のインカレは、僕自身が経験した、これまでのどのスポーツ経験よりもアツく、かけがえのない時間だった。
 シーズン初めからインカレの団体入賞のことだけを考え、トレーニングとミーティングとチームビルディングを繰り返してきた。勿論、目標は完走ではなく、団体6位入賞。そして、そのための貢献。チームの為に2時間を戦うことにフルコミットした。
 これを目指せるチームにいられたことに、まずは感謝したい。ありがとう。
 この経験を来年以降に繋げるべく、あの日起きたことを起床から時系列で淡々と残しておく。

 本当は、10/3頃に書き終わっていたが、瀧澤や玉井のレポを読んで、自分のレポの自身を守る言葉ばかりの文章にうんざりし、若干の加筆修正をした。

2026年9月27日 6:00 起床

 
 緊張していた割に、前日はすんなりと眠りにつくことができた。外から聞こえる雨の音に一度絶望し、二度寝した記憶があるが、それ以外は目覚めの良い朝だった。
 朝食ではバナナや稲荷寿司などの固形物を食べ、胃を目覚めさせる。準備はあらかた整っていたため、7時からのトランジオープンに向けて宿を出た。


7:00 トランジオープンその1
 
 バイクに乗って会場へ向かう。1回目のトランジオープンでは、搬入をバイクのみに留めた。搬入時に雨は降っていなかったものの、雨がぱらつく予報が出ていたため、ギリギリまでエキップメントを雨から守ろうと、それ以外の道具は2回目のトランジオープンで搬入することにした。
 この時点で特にやることはなく、搬入を終えたあとは自分たちのレースまで宿で待機することにした。


8:00 宿一次帰宅
 
 宿に帰り、女子のレースをインスタライブで見ながら、レース前のひと時を過ごす。ちょっとうたた寝をしたり、トイレに行ったりと、ゆっくり過ごすことができた。今年は筑波から女子の出場者がいなかったからこそできた過ごし方だが、やはり女子がいないのは寂しい!!
 来年は女子も強い筑波になる事を、秘かに期待している。

10:00 移動(アップ)

 試合の開始時間に合わせて宿を出た。荷物をサポートに任せ、宿から会場までの1㎞ちょいをジョギングで移動する。1回目のトランジオープンの際はやや肌寒さを感じたが、打って変わってちょっと暑いくらい。開催時期が9月上旬から下旬に移ったことで、気温の変化に適応する力がより問われるようになったと感じる。
 陣地に着いてからも、ジョギングで体を温めたり体幹を入れたりと、レースの準備を淡々と進める。
 今回はレース前の補給にも力を入れた。その一環として、Maurten(モルテン)の「Bicarb System」(以下、バイカーブ)を導入した。
 高強度の運動をすると筋肉で水素イオンが生じ、体内が酸性に傾いてパフォーマンスが低下する。これがいわゆる「乳酸のキツさ」の正体だ。バイカーブは、重曹を経口摂取して血液の緩衝能力を高め、この酸性化を抑えるものである。重曹は、数十秒から数分の高強度運動で特に効果が出やすいと言われている。「重曹を食べればいいじゃない」と誰かが文句を言いそうだが、ただの重曹ではいけない理由がある。重曹をそのまま摂取すると、下痢などの胃腸障害が懸念されるのだ。モルテンはハイドロゲル製法によって、胃腸への負担を抑えながら効果を得られるようにしている。
 これが、僕たちの喫緊の課題であったスイムアップからバイクの乗り出しまでの独特のキツさを解決してくれると考え、試験運用を経て導入に至った。効果については後ほど。

10:30 桐の葉
 
 全員が集まり、桐の葉を歌う。この2年間で一番気合いの入った桐の葉。今年最も、チームが一つになった瞬間だったと思う。

10:55 トランジオープンその2

 
2回目のトランジオープン。1回目は雨を避けるため必要最低限の道具しか搬入していなかったので、少しジタバタした。
 1本目のボトルには、PRECISION FUELのカーボオンリードリンクミックスを3スクープ(糖質45g、180kcal)とPH1000電解質タブレットを1錠。PRECISION FUELは日頃の練習から使わせてもらっており、レースだけの特別なものではなく、普段どおりの補給でレースに臨める環境に感謝している。もう1本のボトルには、日が出たり隠れたりする天気だったので、体にかける用の真水をセット。2本とも持ってきたつもりが1本しか手元になく、焦った。緊張していたのだろう(笑)。
 バイクに積むジェルは、MaurtenのGel 100 Caf 100。1袋で100kcalとカフェイン100mgを摂取できる。PRECISION FUELのドリンクとMaurtenのジェルは、何度もレースで試して導き出した「試合中にお腹が空かない最強のセット」だと考えている。もちろん個人差があるので、何よりも事前に試してみることが大切だ。
 タイヤの空気圧は4.8barに設定。普段は5.5barで乗っているが、路面が濡れている可能性と、前日の試走で感じた路面のガタつきを考慮して、若干低めにした。(レース中、タイヤがスリッピーな感じがして若干苦労した。もう少し気圧を下げてもよかったんじゃないかと少し反省。)
 とまあ、これらを15分ほどで完了。トランジでのヘルメットやシューズの配置も、1秒でも削れるようにシミュレーションを重ねて決めた。もちろん、このシミュレーションはトランジオープン中の15分で行ったものではなく、前日の下見などを踏まえたうえでの話だ。とにかく準備が大切である。


11:10 入水チェック

 
 アンクルバンドを受け取り、入水チェックへ。一緒にスイムアップを狙う小林と第一ブイまで泳ぐ。小林のSティアキックの後ろについてドラフティングする練習を続けてきたので、「今日も練習通りに」と言い聞かせて調子を確認する。依然としてスイムへの苦手意識は拭えず、スタート前は毎回不安だが、「自分ならできる」と信じて入水チェックを終えた。
 予想外だったのは、思った以上に波を感じたことだ。第一ブイで波に揺られる感覚があり、上がってから若干ふらついた(ふらついている僕を見て、駿は不安になったそう)。今シーズンはあまり海で練習できておらず、海に対する準備が不足していたと感じている。来シーズンに活かすなら、海合宿だけでなく日常的な海練習も組み込んで、トレーニング計画を立てていくべきかもしれない。

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入水チェック。「意外と波あるなぁ」とか考えてる。

11:40 スイム 25′03″(107)

 スイムは1周500mを、上陸を挟んで3周回。
 スタートは筑波でまとまる作戦で、内側の2列目を選んだ。ドinではなく、インよりという事前のシミュレーションだったが、喩の位置取りに若干動揺する。とにかく準備と、コミュニケーション。どこかで齟齬があったのかもしれない。玉井とスタート前に少し会話した記憶があるが、玉井を右側に配置し、瀧澤‐小林‐古俣と並んだはず。
 スタートして玉井が壁になってくれた左側は凪だったが、右側でバトルが発生。思いっきり右目を殴られる。殴られた瞬間、視界が飛んで何も見えなくなり、30秒ほどは勘で泳いでいたと思う。後で動画を確認すると、スタート直後に殴られ、びっくりして浮き上がっている恥ずかしい姿がしっかり映っていた。
 普段ならガン萎えだが、ここで諦めるほど生半可な準備はしてきていない。立て直しに入る。
 話は少し変わるが、上陸から乗り出しを楽にすることを狙って導入したバイカーブの効果を、実はここでめちゃくちゃ実感していた。あくまで個人的な感覚だが、スイムスタートのバトルは強烈な無酸素運動で、普段なら乳酸がドパドパ出る感覚がある。しかし今回はそれを感じることがなく、どう立て直すかを泳ぎながら考える余裕すらあった。
 とはいえ、1周目の上陸で小林に離され、もう一人のターゲットだった東海大学の宮下選手にも先行を許してしまう。それでも、まだ余裕があったこと、そしてサポートからのタイムギャップの声掛けが正確だったことで、冷静に2周目に入ることができた。結果的に途中で宮下選手を抜き、3周目の第一ブイを過ぎたあたりで小林のSティアキックを捉える。小林のキックを感じ取った時の安心感は、今でも忘れられない。
 ボロボロの1周目から、ズルズルと垂れることなく立て直せた今回のスイムで、今までやってきたことが正しかったと証明できたと感じている。ただ、タイムには納得していないので、スイムの強化は続けていきたい。

12:05 T1

 小林が15秒ほど前で上陸。宮下選手が30〜40秒後方にいることを伝えてもらい、トランジで稼ぐ数秒がバイクの展開を左右すると判断して全力ダッシュ(できていたかは不明)。タイムギャップなど、サポート体制は完璧だった。今回のサポート体制は蓄積させていきたい。
 この頃にはバイカーブの効果は切れていたのか、普通にキツかったのを覚えている。
 
12:06 バイク 59′22″(21)

 乗り出しで6人ほどの小集団を形成。公園を出て一本目の橋で小林を確認し、集団に声をかけながら前を追う。バイクの強い宮下選手が40秒ほど後方から追ってくることは分かっていたので、追いつかれる前に10人以上のパックを作ることが生き残るための最低条件と考えて立ち回った。結果的に10人ちょいの集団を形成し、周回起点の手前あたりで単独で追ってきた宮下選手に吸収される。
 集団の中でも宮下選手の引きは強烈かつ長く、彼が引き始めると20人弱が縦一列の棒状になるという、トライアスロンでは中々、したことのない経験をした。
 義務ローテをまわしながら、集団走が苦手な小林に「引かなくていいからとにかく俺の後ろに!」と声掛けをするが、多分聞こえてなく、めちゃくちゃ足を削っているなと後ろから見ていたのはここだけの秘密。
 2周目までは難なく進んだが、3周目の奥の折り返し地点、目の前で落車が発生。折り返しでスピードが落ちていたのが幸いし、クリートを外して回避はできたものの、集団の先頭はすでに巡航スピードに戻っており、大きく離されてしまった。ここで離されたらレースが終わると察し、この日最速の54.3km/hを記録する。体感3分ほど400W強で踏み続け、何とか追いついた。
 ここで僕は悟る。「これ、減速レーンで後ろまで下がったら終わる」と。当たり前の話だが、レースの集団走と練習の集団走は別物だということを忘れていた。日々のチームメイトとのトレーニングでは、綺麗に巡航スピードを上げる練習ばかりで、レースでの位置取りや展開の変化を感じ取る嗅覚を養う練習が足りていなかった。
 いつもりんりんで行っている、綺麗に巡航スピードを上げる練習はNPも高く出るし、心拍数も上がって、やった感が強い。もちろんそういう練習も大切だが、ただ出力が高いだけの練習を重ねるのか、レースに近い練習を重ねるのか、考えていかなくてはいけないと痛感した。
 そんなことを頭の片隅で考えながら、レースは進んでいく。途中、宮下選手と中部大の山田選手の抜け出しを許す場面もあったが、周りの選手と協調しながら、最終的にスイムを21分30秒で上陸したパックに追いつく。このパックには玉井がいた。合流したことで集団は膨れ上がり、T2に入る頃には先頭と最後尾で30~40秒ほど差があるような状況だった。
 玉井とは事前に、団体順位のために「僕や小林が追いついた段階でアシストに入る」という話をしていた。僕はなんとか追いついたものの、集団のほぼ最後尾で、もう脚も残っていない状態。そこで僕に気づいた玉井が、すっと後ろに下がってきて、僕の前に入ってくれた。玉井が風を受けてくれたおかげで、脚の残っていない僕でも何とかついていけた。そうして集団の外側から少しずつ位置を上げ、気づけば前方まで連れて行ってくれていた。その時に交わした言葉を、僕は忘れることはないだろう。たぶんその時、すでに少し泣いていたと思う。
 後から分かったことだが、宮下選手の「超特急」に途中下車せずT2まで乗り続けた選手の中で、最もスイムアップが遅かったのはおそらく僕だった。振り返ると、本当にヒヤヒヤする。

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玉井による魂のアシスト。ちょっと泣いた。

13:03 T2

 
 玉井のおかげで、集団の前方でT2へ。スムーズにシューズを履き替え、ランへ向かった。

13:04 ラン 36′21″(42)

 最初の1kmは3'30"で入ったが、そこから驚くほど脚が動かない。T2で玉井を抜いた時点で、僕が団体のためにタイムを稼がなくてはいけないのに、周回途中の強烈な上りと下りでリズムが狂っていく。
 とにかく走れなかった。期待されていた走りをここ一番で発揮できなかった。弱い。僕は、追い詰められた状況をひっくり返せるほどのゲームチェンジャーじゃなかった。
 途中、足を引きずりながら走る瀧澤を抜いて、団体順位が厳しいことをなんとなく察した。故障している瀧澤に頼る事しかできなかった、自分がとてつもなく情けなかった。
 学生トライアスロンは3シーズン目、日本インカレも3回目。初めて靴を履けた。ようやくここに辿り着いたはずなのに、上手く走れない自分が悔しくてしょうがなかった。それでも、雨の中途絶えることなく続く声援を胸に走った。走れた喜びもあったが、走れたことにほっとしている自分にうんざりしたり、走りで抜かれるという経験したことのない絶望に襲われたり。とにかく申し訳なかった。
 トレーニングでのブリックランは、長くても3kmほど。今までのブリックでは距離が足りなかった可能性を感じている。走り出しをかっ飛ばすトレーニングも重要だが、じっくり時間と距離を重ねる練習も必要なのかもしれない。要はバリエーションとバランスだ。
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Overall 2°00′26″ 個人P55 団体p11

 ようやくゴール。ただでさえ少し泣いていたのに、駿を見て涙が溢れた。この2年間一緒に闘ってきた喩を見て泣きながら抱き合った。瀧澤が本気で悔しがっているのを見て、感謝と申し訳なさが同時に押し寄せた。玉井のゴールに、感謝と共にまた涙した。今日を迎えるまでサポートしてくれたみんなにねぎらわれ、その顔を直視できなかった。学部時代に所属していたアフロの同期に背中を叩かれてほっとした自分もいた。小林は最後まで笑顔だった。


 涙を一通り流し切り、冷静になった。負けた。完敗だった。団体入賞し、みんなで笑顔で帰ることが目標だった。それができなかった。

 その中で、忘れられない一言が。金田さんがゴール後の雑踏の中、「大抵は納得できなくて悔しいものだけど、これからどうするかだよ」と声をかけてくれた。

 さて、これからどうしよう か。

 「今年の筑波は強い」。誰もが口をそろえてそう言っていた。だが、本当に今年だけだろうか。僕はそうは思わない。筑波の闘うチームという神輿は、ようやく地面を離れ、担がれ始めた。そしてそれは担がれ続ける。僕はそれを確信している。

 だから僕はこれからも担がれていく神輿を、許されるまで見届けようと思う。
 
 長くなったが、このレースレポートが誰かのインカレの原動力になることを祈って、終わりとしたい。
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今年のインカレ選手。個性豊かで強い。最高のメンバー。

2026/10/05

日本デュアスロン選手権ブログ

インカレブログで盛り上がってくる頃ですが,僕もインカレの翌週にデュアスロンの日本選手権に出てきたので,レースレポとして残します。M2の渡邊です。

8月末から練習を再開して,約1か月,このレースに向けて準備してきました。ランはキロ5で5キロ,バイクは210Wで10分が限界からのスタートで,かなり厳しい一か月でしたが,なんとか1stで戦えるランと,バイクでくらいつくだけのパワーまでは戻しました。1stランで打ちあがらないだけのペースコントロールと,bikeで千切れても次の集団に乗るだけの余力を残した立ち回りができて,100%の力を発揮すれば完走いけるかなぁという感覚でしたが,ぎりぎり完走できました。嬉しいです。欲を言えば日本トライアスロン選手権のクオリファイポイント(先頭から8%以内のタイムでゴールすればもらえる)が欲しかったところでしたが,それには及びませんでした。一旦レースレポします。

前日は国際武道大OBの大樹さんと試走をして,コーナーや立ち回りのアドバイスをいただく。大樹さんのご家族総出で応援にいらしていて,僕の応援もしていただけると。今回は一人だったので本当に心強い。思ったより風がきつく,単走になりたくないなぁなんて考えながら走る。
競技説明会で,LAPの基準が周回差ではなく,先頭が2ndrunの折り返し(大体1.3km地点)に入るまでにbikeがその地点を通過していないと最終周でもLAPになるということを知り,ショックを受ける。
今回ランとバイクが同じコースで行われるので,ランナーと自転車が重ならないようにするためだそうだ。バイクコース1周が6.33kmで,周回差なら8分差くらいが基準と思っていた。このルールだと4,5分差ぐらいがボーダーになるので,きっちぃという印象を受けた。

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↑ラン折り返して返ってくる時と,バイクが返ってくる時でコースが同じで危ないからLAPになる

レース当日
気温は暑くも寒くもない。風はあるが前日よりはまし。行きが向かい風,帰りが追い風。前日に少し雨が降ったが路面は乾いており,悪くないコンディションに感じた。

コースフォーマットはラン,バイクともに手前の折り返しが大きく円を描くようになっており,奥側はコーンを周るもの。手前でいかにノンブレーキで突っ込むかと,奥のコーナーでおいていかれず立ち上がりで踏めるかが重要になってくる。

1stランは余裕をもって走り第二集団に乗る。バイクは千切れない,2ndランを3'40/kmで走ってクオリファイポイント獲得が最高のレースプラン。
1stで突っ込んで打ちあがり,垂れて4,5人の集団になってしまい,無理して前に出ようとして千切れてLAPが最悪のレースプラン。
こんな感じかなぁと想定。

初めてのレース前のコールにドキドキ。大きく名前を呼んでくれるの嬉しい。
それではレース開始
レースフォーマットは4.93km(2.33km+2.6km)-31.65km(6.33km×5)-5.33km(2.6km×2+0.13km)

1st run 15:49 (ave 3'12/km) 32位/51人
意識したのはマイペース。自分は集団で走るのが苦手。多分ピッチがかなり速く,同じピッチの人があまりいないため合わせるのが難しいからかな。練習でも前の方が後ろより楽だし心拍数も低い。集団をつくることを考えず,最低限先頭の動きが見える範囲でゆったり走る。最初の一周は牽制していて,先頭でも3'10/km切るくらい。この時かなり余裕もあり,今思えば先頭で戦う勇気を出して前に出ても良かったかも。2周目から先頭がペースを上げたが,ついていかずに一人で走る。先頭のペースアップからこぼれた人を抜かしつつ,第二集団が数秒前に見えていたので少しペースアップ。少し頑張れば確実に追いつけたが,バイクのことも考えて維持か判断がつかず,結果第二集団にギリつけず,後ろは10秒以上離れる中途半端な位置で1人ランをフィニッシュ。パフォーマンスは良かっただけに,判断ミスが悔やまれる。エリートレースはこういう判断の積み重ねも結果に直結するんだなと実感。自力で展開を変えられるチャンスだったが,そこは経験不足もある。100点の走りではないものの,悪くない走りだった。

1st トランジ
3~5秒前に第二集団がいて,急いでトランジしたがぎりぎり間に合わず,トランジで手間どっていた人と二人になってしまった。

bike 50:02(ave 38.3km/h) 41位/41人
二人で前を追ったが,僕が限界が来たので無理と言って後ろを待つことに。ほどなくして第三集団の東北大のとおるくんのパックが来たのでそこに乗る。何とか乗れたが前に出れない。4回に1回とかしか出れず,,,なんならとおる君に「リョウタさんギア下げた方がいいっすよー」なんて気を使ってもらう。ホントありがとう。

しかし,1周目の手前のカーブで数人がコースアウトをして集団が壊れてしまった。従来のコースから変わったと前日説明会で言ってたじゃん,,ちゃんと聞いといてやと思いつつ,後ろにいるから集団に戻るのに手間取り,東海の津田君と二人千切れてしまう。
正直ここで諦めそうだったが,津田君に「二人で頑張りましょう」と言ってもらい,気持ちを切らさずいけた。ほどなくして東北大の俵君のパックが来た。さっきの集団より速い。振り落とされそうだったが何とか乗っかった。この集団はマジで速くて前に出ることは厳しかった。めっちゃ怒鳴られた。皆ごめんなさい。その後先ほど千切れたとおる君のパックに追いつき,15人くらいの集団になった。そのまま2,3周目を終えたが,4周目の奥側の折り返しで中切れが起きかけた。やべぇと思って死ぬ気で踏んで埋めた。本レース唯一の功績。しかしそこでかなり足を使ってしまい,最終周の立ち上がりで千切れてしまった。

最終周だからと言ってLAPの可能性がないわけではない。あの集団はかなり速かったからよほど落とさなければ大丈夫だと思っていたが,向かい風が強く思うように進まない。行きの向かい風は耐えて帰りの追い風でオールアウトの作戦にする。行きのすれ違いでは先頭とパッと見0.4周差ほど。うーん,4,5分差つくと終わりと考えると半周差ちょいでアウトかなぁとか適当に計算して,割とやばいと思い踏ん張る。
帰りの追い風でオールアウトし,何とか先頭のランより先にポイントを通過。バイクを終える。

良かった点は後ろから来る集団においていかれずスピードに乗れたこと,千切れても諦めずに後ろの集団に乗り,前の集団に追いついたこと,コーナーでも上手く立ち回って後れを最低限にできたこと,最後千切れても総崩れせずに耐えきったこと。今までのレースでは一度打ちあがってからは何もできなかったことが多いが,そこは良かった。
悪かった点は前を全然引けなかったこと。正直頑張ればちゃんと回せるというレベルではなかったが,パワーをもう少し上げれば最終周千切れるのは防げたように思う。まずはそこを目指して,集団を落とさないことを意識したい。
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↑千切れた瞬間

2ndトランジ
ヘルメットを指定のかごに入れないとペナルティなのでそれだけ気を付けてやった

2nd run 21:43 (ave 3'58/km) 40位/41人
先ほどの集団と最終周のわずか6kmで2分差つけられてしまった。もう周りに誰もいない。爆速で先頭の高村君や岡田さんに周回差で抜かれる。速いなぁ,あれキロ3'10切ってるなぁ。なんて思いながら,ピッチだけは先頭の人たちに合わせる意識に変えた。一つ学びだったのは,バイクで出し切った時はピッチもストライドも死んでいる。この時に頑張って足を前に出してストライドを上げてもペースは上がらない。大事なのはペースよりリズムで,自分のリズムで走ればおのずとペースは上がってくる。自分の走りができてからストライドを徐々に上げていけばいい。結局なんでも基本が大事なんだなぁ。特に自分の様に集団で走るのが嫌いで,マイペースで走りたいなら頑張らずに走る。それを意識したら最初キロ4を超えていたが,徐々にキロ4を切ってきた。もうどうやっても順位は変わらないが,せめていい走りを保ってキロ4を切って終わろうと思い,淡々と走り続ける。最後まで集中を切らさずに完走者最下位でフィニッシュ。

finish 1:27:34 41位(完走者41人,出走者51人)

完走できた,,,
嬉しい反面,改善点,願望が多かった。
・今回の1stの展開なら,今の自分でも頑張れば先頭集団に乗れた(と思う)から,勝負しても良かった(かも)。50人中半数が先頭だった。それは追いつかん
・結局それができなかったのはbikeが弱いから1stで勝負ができなかった。bikeのパワーを上げて,得意のランを100%活かせるようにしたい
・後輩に引かせるの情けない
・2ndでつぶれないようにbikeで足残せるようにしたい
・練習はパッドがあるバイクジャージだが,本番のトライスーツはパッドがないからお尻くそ痛くて2ndきつかった。慣らすのにトライスーツで練習するのありかも
・結局自分がいた集団で2nd走れた人までがクオリファイポイント獲得だった。その瀬戸際の勝負したかったよ
・タラればだし,ほぼ無理だが,1st runで勇気を出して先頭についていって,大集団の後ろで風よけさせてもらって奇跡的に千切れずに2nd runも走れる世界線も,可能性は0ではなかった

結局あとちょっとのswim,あとちょっとのbike,あとちょっとのrunで展開は大幅に変わる。そこを埋め続けていくのがトライアスロンなんだなと改めて感じた。
あと書いていて思ったけど,やっぱりbikeが雑魚すぎて得意を打ち消してしまっている。集団回すのは厳しいかもだが,せめて千切れない,2ndに足を残せるだけのbikeにできたら,デュアスロンでかなり上に行けると思う。素のランは決して弱くない。久しぶりに未来の見えたレースだった。

関カレが終わってから目標が見つからず,またトライアスロンから逃げていたが,ミーティングでインカレに向けてつくトラが全力で取り組んでいるのを見て,もう一度本気でレースに出ようと思った。マイナスからのスタートだったが,よく完走したと思う。しかしもっと強くなって戦える選手になりたい,トライ(デュ)アスロン楽し〜って思えたレースだった。

2026/10/04

チームとして

6年次5年の玉井彪己です。
2023以来のインカレに出場してきましたので、レースレポを書き残します。

今年は筑波から男子5人が出場しました。これは2018年以来の快挙であり、且つ今年の5人はLAPに終わる可能性が極めて低い、それはすなわち、2008年以来となる団体入賞を目指すスタートラインに立てたということです。
東日本インカレで団体3位という順調な滑り出しを経て、チームとして団体入賞に挑んだのが今回のインカレでした。


Swim0:22:33 55/152
スタートは5人で内側にまとまろうって話してたのにシード選手(ゆB4)が直前でドinを選択したせいで、ゆを核として集合することができず、他の3人とも離れてしまい、やや左寄りで単独スタートとなった。ちなみに左隣はスイム1位の選手だった。
スタート前までには良い集中を作れたと思う。反応良く飛び出せて最初の10秒だけは先頭の景色が広がっていた。徐々に飲み込まれていくがトップスイマーにドラ泳することで延命してつなぎ、体感2,30番くらいで第1ブイにたどり着けた。その甲斐あって想定していたバトルはなく拍子抜けするほどあっさりターンできた。スタートの抜け出しの重要性を再認識するし、やっぱり得意だと実感する。
1周目までに出遅れたスイマーに泳速の違いを見せつけられながら適正位置までずるずる下がっていく。
駿M2にターゲット選手(兄)は目の前!と指さされる。内心、1周目は先行できている感覚だった。かなり面食らったが追う他ない。が、一人また一人と抜かれる。耐えきれない。弱い。これ以上出力上げると保たないと思った。ここで賭けに出られてたらと今思う。結局第1ブイまでに離されてしまい、単泳になり、自分の泳ぎを作り直しているときにたきB2に抜かれた。たきは出遅れたっぽい。逆に自分はまだ舞える位置にいるとも慢心した。やっと着いていける集団に入ることができて、そこにはシード選手(東選手)やりっきー(とんとら)という去年の第1パックギリ追いつき組がいた。去年と同じ牽制展開ならまだ耐える。首の皮1枚つながったか。3周目はずっと集団内で吸い続けた。今思うと自分の牽く意識があれば。ギリ追いつき組に所属できて完全に当初のターゲット選手を追う気がなかった。スイム3周目は牽制する。遅れているという感覚で3周目で10秒でも速ければ展開が違っていたと思う。結局15秒前の子が第2集団への最終便だった。


Bike1:02:02 101/115
T1の浜ランはインカレで1,2を争うほどキツい。ランの地力が無い自分は余計にそう思う。りっきーに浜ランで抜かれた。抜かれ際に玉井さん行きましょうと声かけてもらった。が浜ランで若干出遅れてしまった。漕ぎ出しは3minハードと腹を括っていたつもりだったけどヘアピン抜けたあたりで後方の4,5人集団に甘えた。単走で牽ききるという覚悟も自信もなかった。りっきーは5秒以上抜けていた距離感だったが、自分の集団を待たせてしまう形になった。声かけもらった手前申し訳ない。折り返しで前20秒。まだ諦めていない。復路で4人に減った。折り返しで前30秒。諦めていない。2周目の奥折り返しで前40秒。前は既に20人ほどの集団。諦めた。

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ここで自分のレースは終わっていた。
勝負勘がなかった。3回チャンスあった。
スイム2周目初めと3周目の集団泳。そしてbikeの漕ぎ出し。3回もチャンスがあって勝負に行けないなら勝つ資格は無い。
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それでも今年は自分都合でレースを終わる訳にはいかない。団体入賞というチームとしての目標がある。
一旦脚を貯める。ローテも時々キャンセルして後ろを待った。4,5周目あたりで大きな集団に回収され、ペースも上がったのに、脚は休まった。6周目の最後の折り返しでみやはる号(東海)に追いつかれた。そこには古俣M2がいた。
先頭にたきとゆが乗っている。古俣がここにいるということは、ランの実力的に彼が団体3番手。
すなわち、自分への戦力外通告だった。
それでもなお自分にできることはあった。
追いついたばかりで40人集団の最後尾にいた古俣をラスト半周で先頭まで引っ張り上げる。これがこの展開で最善の策だとは一瞬で理解できた。
集団前方にいた自分は下がり続けて古俣を探した。
最後尾付近に瀕死の古俣を発見した。こんな古俣に走らせたほうが俺より早いのかよ。くそ情けねえ。
前行くぞ!と声かけ、古俣を後ろに装填して、周回コースを抜けて空いた右の対向車線から抜け出し、ラストの右折前には先頭に出られた。古俣も先頭付近で脚を貯め始めたので、自分の役目は終了し、自分もランに備える。
半分以上エゴでしかないけど役割を与えてくれてありがとう。団体頼むと言うことしかもう自分には出来なかった。

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最終盤に先頭に上がれた自分と古俣(右側)


Split1:24:35 76/115
Run0:40:55 95/114
最後脚を使ったとはいえ、決して売り切れてはない。この時点で4番手だが、万一の抑えとして走る。いつも通り集団のほとんどに置いてかれて単走。もう気分はペーランだった。ペースは見ていないがキロ4ちょいだろう。
3周目でたきと1分と言われた。あゝやっぱり足痛かったか。でももうペースは上がらなかった。足を引きずるたきを想像するだけでしんどかった。


総合2:05:30 90/完走114
結局追いつけずに4番手でゴール。
泣いているたきや古俣にかける言葉が見当たらず、他大のメンツとの感想戦に逃げた。

全てが弱かった。
走れない自分は第2に乗れなかった時点で負けていた。
swimbikeは仕上げたつもりだったけどあと一歩足りなかった。
runは相変わらず勝負に関われない。自分も期待されて走ってみたい。

個人・団体共に散々な結果だったけれど、チームとして目標を持って臨めた今年のインカレは過去のどのレースよりも楽しかった。
ああこんな楽しいなら競技続けとけば良かったと思うと同時に、自分には(何故か)来年もあるという喜びもある。

医学同期も社会に出る来年、トライアスロンをやる意味は大きい。正真正銘のラストシーズンまでにやれることはそう多くないことを知っているから、一つ一つ大事にやっていく。来年も目標を持ってインカレに挑めるチームであるために。

最後に
インカレ組へ一言ずつ
ゆ→ゆが居なければ団体を目指せなかった。23年からずっとエースを引き受けてくれてありがとう。
古俣→古俣がつくとらに熱を与えてくれていたから俺も戻ってこれた。ありがとう。
たき→2年生なのに重責に耐えてくれてありがとう。そしてごめん。
小林→ずっと負けてたけど、最後だけおれが勝ったね。ラストイヤー復帰してくれてありがとう。

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2026/10/03

インカレ レースを振り返って

物理学類2年の瀧澤です。初めてのインカレに出場してきました。


去年のインカレを見て、来年ここに立てたらなーと思いつつもその熱は1ヶ月ほどで消えてしまい、気づいたらカーフマンが終わり、そこからみんながインカレの切符を掴むのに燃えてるのを見て、僕も感化され3月から約半年間トライアスロンに労力を割いてきました。レースレポを書くことは自分のレースの振り返りができたり、気持ちの整理ができる機会ででもあるし、インカレはつくとらの代表?として出るレースなので来年インカレを目指す人の糧になればと思って詳しめに、そして今思っていることをなるべくわかりやすく文字に起こしてみようと思って書こうと思う。




まずレースの結果


Swim 21:53 36位

Bike 1:00:43 55位  Sprit 1:22:36 37位

Run 42:05 99位

Total 2:04:41 85位


Swim

スイムは週3回泳ぐことを目標に練習していて、1ヶ月ぐらいはそれを達成していたので1500mを泳ぐ力はカンカレの時よりついていたと思う。自身もあったが、不安もあった。出口さんのスイムレッスンでずいぶん感覚が良くなったのも感じてたし、オープンウォーター系の練習も今までで一番積めてた気もする。来年も出口さんにしっかり一年かけて教わってインカレに臨んだ方がいい結果がみんないい結果が得られそうだなと感じた。


初めて浜からダッシュして飛び込み、泳ぐレースだったのでいまいちどういう感じなのかわからず本番を迎えた。練習で浜から走って飛び込む練習はしていたけど本番は人数も圧迫感も違い少し怖さも感じた。最初にシード選手が呼ばれ、しんめいさんが一番右をとったのを確認し、隣に入ろうと思ったが、うまく入り込めなそうだなと思い、6、7人左側の先頭を陣取った。他のつくとら選手と少し離れてしまったがまあ仕方がないと思いスタートの準備をした。


スタートの合図がなり、勢いよく飛び出そうとしたが浜の飛び出しに少しビビってしまい飛び込んだ後、うまく前に出られず足を引っ張られたり、上に乗られたりでものすごくバトってしまった、、(来年出る人は抜け出すか抜け出せなかったらバトルを覚悟するしかないよ、カンカレなんかのバトルとは比にならない)

ファーストブイの半分ぐらいまでバトルしていたら先頭の方がどんどん前にいっているのを見てこれはまずいと思い、一度後ろまで潜って下り、大右まで出た。集団の後方になってしまい、少し焦ったがまだある程度取り戻せると思い、少しずつ前に行こうと思った。


隣の人にドラして前の人に移る、またその人にドラして前に移るを繰り返してなんとか少しずつ順位を上げていった。そしたら2週目のセカンドブイの前あたりで玉井さんを発見した。さすが玉井さんは抜け出し上手いんやなーって思いながら隣を泳いだ。

2週目の後半に前で中切れが起きてるのを見てなんとか埋めようと思い、前に出て中切れを埋め、そのまま浜での折り返しをした。そこが一番きつくて、飛び込んだ後、すぐ前の方でまた中切れがでてていたが集団中盤ぐらいにいる自分には何もできなかった。


ここの集団でスイムフィニッシュだなーと思い、正直相当最初で遅れたからやばいかなーと思いつつも諦めず、集団のペースを上げるため集団先頭まででて、3周目の第1ブイを回ったあたりから先頭を引っ張った。交代交代で先頭をひっぱり、最後のブイを回る少し前マーク一番のマーク選手、油井牧志が泳いでいたのでこれを逃さなければまだある!と思い、トランジに備え心拍下げようと2番目で泳いだ。そのままスイムアップしトランジに入った。

スイム泳いで感じたのは最初の出だしがめっちゃ大事なこと、練習で100H400modとか入れてたからつくとらの選手は抜け出せた人も多いと思う。(ビビっちゃってうまくとびだせなかったけど、、、)あとは1500mあるけど実質2周少し手前ぐらいでパックに分かれてそこから楽になるから勝負は900mぐらい。




1st トランジ

集団2番目で上がってそのまま浜を走ってトランジへ、スイムの最後で心拍を落ち着かせたからか余裕を持って走れた。ヘルメットに刺していた金田さんから借りたサングラスが落ちてしまい、拾ってトライスーツに挟んでそのままバイクを押して走り出す。2番目でトランジインしたのにバイクに乗る頃には集団後方になってしまった、、、、。今回はトランジの遅さが直接的にレースに影響しなかったが今後エリートレースや、その他レベルの高いレースになればなるほど影響すると思う。


トライアスロンで3種目早くするのももちろん大事だけど、3種目のどれかで10秒削るより、トランジで10秒早くする方が楽だと思う。




Bike

走り始めてすぐ4人集団になった。水曜スイム練習でスイムからすぐ3分バイクをやっていたのもあり、呼吸も打ち上がらずすぐコースに入った。そのまま初めは4人で集団になり、すぐ前の油井集団を追った。

コース半周で追いつきその時にはもう15人程度の集団になっていた。追いつくので少し足を使ってしまい、そのまま最後尾で折り返しでバカ踏み、休憩するも前に行けず後ろの方でふみふみを3周ほど繰り返していた。結構きつかったがちぎれるほどはキツくなかった。そして4周目ぐらいで前の集団に追いつきそこにしんめいさんもいた。一安心し、集団も大きくなり、ずいぶん楽になった。このまま先頭まで行き、ランニング勝負になるんだろうなーと思い、足を貯めに行く動きに切り替えた。

なかなか前の集団が見えない、、。このまま追いつかないのか??と思ったらどこ大かわからないがサポートの人が先頭から3分と叫んでいた。残り距離も少ないのに3分??これは絶対追いつかない、、やばい、、そう思っていたらしんめいさんが下がってきて、この集団で行くしかないみたいなことを言ってたのでランに備え最後尾まで下がった。


事前に周回コースを抜け、橋のこぶ?みたいなとこのさしかかったら前にでてトランジを先頭で終えようと話していたので、段取りどうり後ろからこぶが見えたら上がって90度カーブを終える頃には集団先頭でしんめいさんの後ろにいた。これは成功だと思う。


バイクで思ったのは足を鍛えるのももちろん大事だし、集団内での余裕度が違ってくるので大事だと思うが、集団内での立ち回りでキツさが全然変わってくる。

あと、事前にどこで何をしようと決めていると迷わず動けるので特にトランジ前とかは決めておいた方が良い。


2st トランジ

早く靴履けるように練習しないとな、、、他はいうことない、、




Run

走り始めてすぐ足首に違和感があった。初めは大丈夫だと思い、走り始めたけどうまく反発をもらえない、、三週間も走ってないんだから少しぐらい変な感じしてもおかしくないでしょと自分を言い聞かせて走ってたけど1周目の下りで明確に痛みに変わった。着地すると明らかに痛い、、走り方をうまく変えてなんとか走ったけどスピードは出ない。時計をつけてないからわからないけどおそらくクロカンはキロ5は超えてたと思う。


どんどんどんどん抜かれていく、、2周目の登り前で古俣さんに抜かれ、諦めるなよ!みたいなことを言われた気がするがあんまり覚えてない。心臓には余裕があるのに足が回らない、、やめて歩こうかなとも思ったが筑波3番目だったので団体に関係する!と思い、諦めず走った。(途中歩いてたけど)

こんな走れない自分なのにみんなは諦めずすごい声援を送ってくれるからすごく悔しい?気持ちだった。

ラスト2周回はあんまり覚えてないけどきっと醜いレースをしてたと思う。


そんなこんなでゴールした。

ランで思ったのはトライアスロンはランが早くないと競技としては楽しめない、、レース中に声をかけてくれた人も早く走れている人は楽しそうだった。


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Total

ゴールしてすぐ自分は弱いなーと思ったのと同時に今までのレースで一番の悔しさを感じた。今回のレースプランはスイムをTTして、バイクでうまく集団に乗り、先頭集団まで行ってランニングで39分で走るというを目標にしていた。実際はバイクも先頭集団で終われずランはほジョグ、、、、正直インカレで戦う実力は全くないのが現状だった。

ただ自分よりずっとトライアスロンに詳しいインカレメンバー4人と一緒に練習したり、同じ目標に向かって努力できたのはいい経験だった。


とりあえず今年の冬は冬眠しないことを目標にする。一旦は足を直すのとインカレ後の長めのオフが星いいのでにほとんど部練には行かないかもしれないが、足が治り次第、徐々に練習に顔を出そうと思う。


2026/09/26

2026インカレ前日!

お疲れ様です、修士2年の小林です。
9/27(日)インカレ@観音寺 出場します!
思えばトライアスロン歴6年目、3度目の出場です。
一度目は2年次、LAPギリギリ予測でランニングのことなんて事前に考えてなかった。
二度目は3年次、大集団乗ってランニングで戦えると期待はあったけど、実際は全く戦えておらず(4'20/ km……)、不完全燃焼でした。
そして今回です。今年初レースのカーフマンOP。散々に散って今の実力を知り、最終学年インカレに向けて再構築を図ってここまで頑張ってきました。今年は特にスイムに自信をつけて、ランニングのことまで考えていられるのがとても嬉しいです。

つくとらには各パート高レベルな部員がたくさんいて、平均型な小林には天国でした。練習量は落ちているけれど、彼らとの練習での高い質で裏打ちされた自信を基盤に、自己表現がんばってきます。

2026/07/24

片足突っ込みました

ロングの世界に片足突っ込みました、国際4年の根本あさひです。

秋学期に留学する関係で学生生活を1年伸ばします。成し遂げていないインカレ完走は次年度に見送るとして、今シーズンの上半期は何に取り組もうか。

そう、ロングしかない。

主将を終えるまで学生レースを軸に出場してきたけど、もうそこに縛られる必要はないのではないか。本当に自分が向いている場所は他にあるのではないか。

思考する間もなく皆生(かいけ)トライアスロンin鳥取県にエントリーしていた。

皆生を選んだ理由は、時期の都合がよかったこと、ロング常連の葵パイセンがおすすめする大会リストに載っていたこと、おとはの実家に泊めさせていただけること。

ロングディスタンスの定義は、「オリンピックディスタンス(OD)の倍以上」らしい。

初心者の私はまずミドルディスタンスに挑戦しようと思ってBタイプにエントリーしたのだが、距離をよくよく見たらしっかりODの倍以上じゃないか!?

という感じで今年は7月の皆生セミロング(Swim3km-Bike115km-Run23km)と9月上旬の国民スポーツ大会(オリンピックディスタンス)に的を絞っております。

 

【皆生までの振り返り】

•10月後半~4月前半 

トライアスロンから離れる。主将が終わってC班に移行し、今までフル参加していた部練を休み、生活も一変した。その間、スイムは週1くらいで継続していたが、1~3月はそれすらもせずほとんど運動しなかった。

•4月後半~5月1週目

運動再開。全種目とも低強度から触れ始め、潮来練習会も参加した。ものすごく時間があったので、バイク550kmくらい乗った。

•5月2週目~4週目

教育実習。ほぼ運動できず。

•6月

練習再開。スイムは週2くらい、バイクはローラーやカスイチで長時間乗る練習をし、その後には必ずランをした。

2週目に関東選手権。青森国スポに出るため、完走を目標に出せる力を全部出した。お休みの半年間人生をサボっていたわけではないのでもっと練習しとけばよかったとかは全く思わないが、やっぱり練習しないと体も心もきついなって思った。

4週目のインカレ予選は出場せず。留学でインカレに参加できないため出場する目的がなかったことと、皆生セミロングと国スポに全力を注ぐために、この決断をした。今のところ功を奏している。

•7月

2週目に潮来トライアスロンのリレーでラン10kmを走る。暑熱馴化が足りないことに気がつき焦る。

3週目、皆生セミロングトライアスロン本番。

 

【直前1週間にやったこと】

•水分を蓄える

月曜日くらいから意識して多く飲むようにした。飲んだ量がわかるように2リットルのペットボトルを買って飲んだ。なるべく水ではなく糖質や塩分や電解質が入っているやつ。

•エネルギーを蓄える

水曜日から炭水化物を多めに意識して食事。体質的に一度に食べられる量が少ないので、金曜日は5食。排便サイクルも考えて前日の土曜日は食べ過ぎず、早めに夕食を済ます。レース当日の朝食はおとは家のカレーライスをいただいた。

•暑熱馴化

日曜日は蒸し暑い中で潮来のラン10km

火曜日は風呂トレ

水曜日はほのぴすと山練

木曜日は炎天下プールバイトからの4kmジョグ

 

【目標タイム】

Total 7h55min

Swim 3000m-55min 1’50/100mペース

T1 5min

Bike 115km-4h30min 26km/hペース

T2 5min

Run 23km-2h20min 6’00/kmペース

昨年のリザルトと自分の実力を考慮して目標タイムを立ててみたものの、不確定要素が多すぎて実行できるかはわからなかった。(昨年の女子優勝タイムは8h14minだったので、8時間を切れば相当良いのだろうということだけはわかっていた。)

 

【リザルト】

Total 8:15:16 総合16位/206人(うち147人完走)、女子総合3位

Swim(3km) 0:56:29 22位

Bike(115km) 4:40:17 26位(うちT1:7min)

Run(23km) 2:38:30 9位(うちT2: 3min)

概して、目標タイムは的を得ている。トランジもT1とT2を合わせて10分の読みは当たっていたし、スイムもバイクも大幅なズレはない。強いて言うならランだが、ガーミンの計測上25km走っていたので、2kmオーバーを加味すれば妥当なタイム設定であった。

 

【種目ごとの振り返り】

〇スイム

ウェットを着て速さを採るか、ウェットを着ずに熱中症対策を採るか、試泳ギリギリまで悩んだ。周囲でウェットを着ていない人は1人しかいなかったので、私も着ることにした。結果、水に入れば体温が上がりすぎることもなく快適に泳げた。クラゲもいたことだし着てよかった。往路は全くブイが見えず、信頼できる寄生先も見つからず、途方に暮れた。折り返しで水を飲むと決めていた。玉井こまてぃ応援団の声が聞こえたけど反応してなくて後で怒られた。ごめんなさい。手元の時計は32分/1500m。これはまずいぞと思ったが、復路はブイも良く見えるしなんならブイに書いてある数字も良く見えるし速度も速かった。波のせいだったのか。気がついて安心した。

穏やかな日本海

 

〇T1

ウェットの中にはトライスーツを着ていた。ロングの人がよく着ている3種目できそうななんとかスーツに投資する財力と覚悟はなかった。彼らに対抗する作戦としては、トライスーツの上にバイクジャージを羽織る。冷感アームカバー、手のグローブ、ロングソックス、ありったけの補給食をしっかり身に付けてバイクラックに向かった。移動は常に小走り。歩いている人がほとんどだったけど、1秒でも速くありたいという謎の執念があった。

 

〇バイク

筑波のバイクコースに例えれば、ほぼ八郷。八郷に、朝日農道とゆり湯袋を何度か詰め込んだ感じ。Aタイプ(BタイプよりBikeが25㎞、Runが12km長い)の人はこれに不動が加わるのかな?往路の土手は追い風でよく進み、Aタイプのおじたちに寄生しては乗り換えてを繰り返していた。初めての給水所ではもたついたが、だんだん慣れてきて仕様がわかった。ボトル2本のうち1本はOS1、もう1本はプレシジョン。OS1のボトルを飲み終わった段階で、自分のボトルを捨て給水所でもらった新しい皆生ボトルを入れた。(自分のボトルは閉会式で回収することができた。) そもそもボトルゲージ2個でロングに挑むのがアホらしいが、カスタマイズするほどの意欲がなかった。給水所では、水を「飲む」より「かけてもらう」という意味合いの方が強かった。とにかく深部体温を下げるためにキンキンに冷えた氷水をこれでもかとかぶった。元々給水所のタイミングで補給を採ろうと考えていたが、前日までのカーボローディングのおかげもあって、エネルギーが枯渇する気がしなかった。1秒でも削りたい私は、補給するより足を動かすことを選んだ。唯一、70km地点で赤色のアミノバイタルゼリーを飲んだ。さすがに復路に何度も現れる坂を見ては「嘘だろ」と叫んだし、最後3kmの平坦な土手で向かい風のあまり時速22kmになった時は「最後まで辛いのかよ」って思ったけど、結局大ダレすることもなくバイクを終えた。

 

〇T2

玉井さん、こまてぃ、まいやん、めいさん、おとはがトランジで待っていてくれた。たったこの瞬間のためだけに炎天下の中で待ってくれていたと思うと嬉しいし、あんまり反応できなくて申し訳ない。歩いてしまうとそれ以上進めなくなる気がして、相変わらず小走りでトランジ内を移動した。リレーのバイクパートを終えた中野が氷水につかっていて、「あちゃ氷水かけな」と声をかけてくれた。声掛けがなかったら気がつかずにスルーしていたので命拾いした。灼熱の皆生レース全体に言えることだが、一回の水浴びと給水が命を左右する。これで完走できるか否かが決まると言っても過言ではない。バイクをラックにかけ、バイクジャージ等の装備品を脱ぎ捨て、トライスーツの上に前後ゼッケン付きのつくトラTシャツを着て、蛍光ピンクの帽子を被り、HOKA ROCKET2を履いた。トランジに給水があると思っていたが見つけることができず、給水せずにランをスタートしてしまった。これはレース中の最も大きなミス。バイク終わるまでに十分な水分を採っておくべき。

 

〇ラン

自分が一番走りやすく長続きするであろうペースで走り始めた。それは結果的に5:30/kmだった。低強度長時間ブリック練では6:00/kmくらいで走っていたから、このペースで大丈夫かな?という不安があった。さらに、歩きたい、楽になりたい、早くゴールしたいという欲求にかられることもあった。そのたびに、何が辛い?暑さか?速さか?呼吸か?心か?何も辛くない。ならばペースを落とす必要はない。と自問自答を繰り返した。信号運は良くなく、強制ストップが幾度となくあった。歩道橋を渡ったり、地下道を通ったり、普段のレースでは考えられないコースだった。それもあり、全体としてのペースは6:10/km。1か所目の給水所でマグオンを1つ食べ、用を足す。それ以降も給水所では必ず氷水をかけてもらい、水分を採った。コーラが嫌いなのでなるべくアクエリ。アクエリよりも冷えている氷水。そのような優先順位で飲んだ。残った氷を手に握りしめ、一部でも冷たい部分を保とうと努めた。振り返ってみれば、私の服装にはポケットが無かった。氷を保持しておくこともドリンクを持参することも出来なかったため、給水所が命綱だった。謎に速さにこだわっている私は、給水所でも急いだ。固形物を食べることはなかったし、氷水シャワーを浴びる時はちびっこではなく潔さそうなおじおばの元へ近寄った。往復のランコースでは先に行く選手とゼッケンがよく見える。甲斐いずみさんが圧倒的に1位なのは目視で確認し、それ以外のライバルはバイクの時から抜かし抜かされしていた松井さん(ゼッケンで覚えていた)だけだろうと予想をつけ、このままいけば女子3位と信じた。ランコースは太陽を遮るものが一切なく、逆によくここまで日陰の無いコースを組み合わせたなと感心するほどだったし、23kmを過ぎてもあと2.0kmと言われた時は本当に泣きそうになったが、競技場に入ってコールしてもらった時はとても嬉しかった。こまてぃ監督と同伴ゴールしたのは面白い。

 

【その他反省】

•ワセリンを塗ってもウェットは首に擦れる→キズパワーパッドでも貼るか

•ランの時に、ジップロックを持っておく→エイドでもらった氷を背中に入れられる、その後飲める

•ロードバイクの知識をつけよう。喩とこまてぃとかねでぃに感謝。

 

【レース後】

外傷: 右足中指の血豆1つ、右足の甲のクラゲ刺され、口内粘膜の乾燥

レース後2日目以降: 気持ち悪さ、吐き気、からの発熱、喉の痛み

おそらく内臓疲労、栄養不足から風邪を引いた。レース直後はとても元気で、おとは家のBBQや観光も楽しんだ。しかし、もっと水分補給や基礎的な栄養素の摂取を意識して行うべきであった。翌日にウォーキングをしようとしたが暑さのあまり断念した。レース後こそ強くなれるか否かの分かれ道である。

 

【総括】

初挑戦のロング。前々から感じていたけど、自分はロングの方が向いている。体質も、根性も。今回、水分以外の補給は2回。多分真似しない方がいい。でも、今のところアイアンマンに挑戦するつもりはない。だって、人間離れしたAタイプ(Swim3km-Bike140km-Run35km)の女子選手たちを間近で見たから。私だってBタイプの女子の中では一応トップの方で走っているはずなのに、バイクも彼女たちより25km少ないはずなのに、Aタイプの招待選手たちはランで颯爽と私を抜かしていった。1人や2人ではない。5、6人。どんな速さで走ってるの? アイアンマンになるということは、彼女たちがいる世界で勝負するということ。セミロングで体調を崩しているような弱っちい体の今の私には、到底踏み込めない。踏み込んだら死んでしまう。

選手4人に対して応援が5人も来てくれていた今回の楽しい鳥取遠征。女子総合3位として表彰台に上がる姿をみんなに見せられたのは嬉しかった。今回はこれで大満足。応援ありがとう!佐々木家の皆さん、かけがえのない思い出をありがとうございました!

突っ込んだ片足は今のところ回収しない。回収しようと前かがみになり始めたら、誰か止めてほしい。しっかり体とゆとりを整えてから挑戦しろと。

みんながゴールで待っていてくれて嬉しかった

表彰台あがれて嬉しい