筑波大学トライアスロン部ログ!
筑波大学体育会トライアスロン部のブログです。 部の活動・大会報告、練習の様子を紹介します!
2026/10/11
ラストレースと周辺
2026/10/08
インカレレースレポート 「20秒だけ時間をください」
私はインカレが終わってからの2週間,完全に燃え尽きて抜け殻になっていました.ですが,雨続きだった9月から一変,10月は清々しい秋晴れ.さすがに運動を再開しました.やっぱり体を動かすと毎日が楽しいし,何事も上手くいきますね.
挨拶はこのくらいにして,2026年9月27日の現実に向き合い,お伝えしていきたいと思います.今回はレース前や練習の話はすっ飛ばして,レースプランとレース本体について詳しく書いていきます.
インカレの目標
ここ2〜3年これしか言っていないので書くまでもないですが,一応.
- 個人6位入賞
- 団体6位入賞
個人で6位以内に入賞すると,毎年配られるインカレのプログラムに名前と大学名が載ります.学生トライアスロン界に名前を刻める,名誉ある称号なのです(大学受験の模試の冊子に名前が載る,あれのようなものです).
レースプラン
エリートレースの最大の特徴は,なんといってもバイクの集団走です.スイムを誰と,どの位置で上がるかで,レースの強度と順位がほぼ決まります.
そのため,事前にスタートリストや各選手の実力を把握し,自分のレースプランを持っておくことが必須です(2024年あたりから実践しています).私のプランは以下の通りでした.
スイム
- 上流側,インの右端からスタート
- 得意のスプリント能力で最初に楽に抜け出し,持続できる強度へ移行
- 1周目は20位前後
- 2〜3周目は位置をキープ
- 20位前後でスイムアップ.第2集団の後ろか,第3集団の先頭で上がる
バイク
- 第2集団(長谷川・藤代・島田)が前にいれば,漕ぎ出しをハードに入って追いつき,追いついたらツキイチ
- 第3集団(油井・本木・岡本)の先頭にいれば,冷静に乗り出し,直線で集団にジョインして早めに余裕を作る
- インカレのコースは狭く,折り返しで集団が縦に伸びて脚を削られるので,集団の前方で折り返すことを意識
- T2も混むので,公園に入る手前の橋のコブで集団から抜け出し,集団の先頭からランスタート
ラン
- 順位を取りに行くので,最初はどんなハイペースでも絶対についていく
- 2024年スプリントの時のように,気合いの走りで入賞に滑り込む
過去3回のインカレの経験や周りの意見から,「インカレは先頭で牽制が発生するので,少なくとも第3集団まではバイク終了までに先頭に追いつく」というのが定説で,自分もそう思っていました.しかし,この固定観念が文字通り命取りになりました.
レースレポート
スイム 21:23(33位)/参考 20:55(9位)
Bシード,名前順で16番.関カレ云々のアナウンスを横耳に名前をコールされ,予定通りインの右側へ.みんな右に固まると思っていたが意外とばらけていて,インにいたのは5〜6人.インのイン,本当の右端にスペースがあったので,我が物顔で入り込んだ.(つくとら内では「可能な限り右に行く」と伝えていたつもりだったが,意思共有が足りておらず動揺させてしまったらしい🙏)
隣もシード選手で,最初は真っ直ぐ行こうと示し合わせていたので,第1ブイまではノーバトルの完璧な出だし.少し左(玉井たちの隣)からスタートした日大の森選手と第1ブイ手前で合流したので,デグ練の経験を活かして森選手の脇あたりの水をかき,体もピッタリ密着させた.うざいだろうなと思いながらも文字通りコバンザメさせてもらい,先頭でブイを回る.
第2ブイまでの中盤までは先頭を維持できた.しかし本来の泳力差から急に不安になり,遠慮の心も出てしまい,真後ろにつくとズルズルとピュアスイマーたちに抜かされていった.
スタート直前まで説明のなかった第3ブイを回って上陸すると,おそらく駿の「ひろと前」という声が聞こえた.2周目に入る飛び込みで東海のトライスーツを見つけたので,この位置をキープしてスイムを終えれば入賞,ひいては優勝争いができると安心した.第2ブイまでは何事もなく,ただついていくだけ.
ところが第2ブイを回ったあと,普段はない第3ブイのせいなのか,パックの中で進行方向にばらつきが出て3〜4人で軽くバトル状態に.これで集団から少し間が空いてしまった.
それでも焦らなかった.去年の国スポで同じ状況を経験し,オールアウトで間を埋めれば集団に復帰できると知っていたからだ.少しの中切れを確認し,全力でキックを打ち,腕にも力を込めて水をかく.次のブイまでには埋められると思ったが,ここで足首を掴まれ,上に乗られる.後続のためにも中切れを埋めようとしているのになぜ?と思いながら前を追うが,妨害は続いた.諦めて後続の選手に引っ張ってもらおうと前を譲ったが,ペースは上がらない.
2周目の上陸時点で,ひろとの集団から20秒前後の差.3周目,厳しいがまだ戻れると思い1人で前を追ったが差は変わらず.第2集団から20秒遅れ,第3集団の先頭でスイムアップとなった.
バイク 1:00:11(68位) ave 41.4 km/h/NP 230W
ひろとは逃したが,プラン的にはまだ許容範囲内.実際,バイクの速い日体大の本木選手がすぐ近くにいたので,まだ全く諦めていなかった.
直線に入るまではハードで前を追う.苦手な漕ぎ出しだが,水曜日に散々練習してきた甲斐もあって余裕を感じた.5〜6人を引き連れて周回コースに入るあたりで,先行する本木選手を含む4人を吸収し,10人ほどの集団を形成.サクッと先頭に追いついて休憩タイムに入れると思っていたが,ここで大誤算が起きた.この時点では先頭+1:30
リザルトからの考察だが,第1集団にひろとを含む第2集団が追いつくと,牽制どころかさらにペースアップ.先頭パックには団体上位を狙う日体大・日大・慶應・立命館がそれぞれ3人ずつ送り込んでいたため,協調して後続とのタイム差を広げにかかったのだ.
こちらもバイク力のある6人ほどで上手く回して前を追ったが,2周(バイク15km)ほど消化して先頭とのタイム差を聞くと2分.決して遅くはないペースで追っていたのに,差は広がっていた.追走で脚を使っていたうえ,折り返しで後続パックとの差を見ると30秒ほど.前よりは断然近い.集団内で意見交換し,脚を緩めて後続を待つ判断をした.
半周して後続パック(こうとのパック)が追いつくと,ここから一気にスピードを上げ,先頭まで追いつこうと積極的に動いた.ペースを上げるためにローテーションを待たずに前へ上がって牽引.集団も大きくなったので,折り返しでは前を陣取ってまたペースを作る.
このままいけば先頭まで届くはず.レース中はそう思っていたが,先述の通り先頭パックは追いつかれまいと協調していた.残り1.5周まで脚を使って追う姿勢を見せたが,タイム差3分の表示を確認.ここで急に冷静になった.もう入賞争いはできない.念願の個人入賞は絶望的だ.
それでも,絶望している暇なんてなかった.今回は個人だけじゃない,団体がまだある.ローテーションをやめて集団後方へ下がり,こうとを見つけて「この集団で戦うしかない」と伝えた.目的が完全に団体入賞だけになり,集団を牽く意味がなくなったので,脚を貯めることにした.
周回を終え,公園の手前.事前の打ち合わせと試走通り,橋の手前からペースアップ.右コーナーを抜けてから単独走になった.この集団でついてきたのは日体大の本木選手くらいだった.降車ラインギリギリまでスピードを落とさず,上手く飛び降りる(ここも地味にタイム差が生まれるポイントだ).
T2
トランジションもいつも通り難なく済ませ,T2を出るとサポートから「20位」の声.あぁ,やっぱり個人入賞は無理なのか.一瞬,脳裏に絶望がよぎった.
でも,桐の葉で自分が言った「一瞬たりとも諦めない」を思い出した.団体にはまだギリギリ滑り込めるかもしれない.第2集団に2人,後ろから来る3人のうち誰か1人が追い上げてくれれば,団体のプランは崩れていない.自分の使命は,つくとらの選手として,エースとして,1秒でも早くゴールすることだ.
ラン 34:16(17位)
例年,キロ3'30ペースで走れば入賞というのが相場で,自分もこのペースを擦り切れるほど練習してきた.入りの1kmは3'25,2kmは3'24,6km通過までの平均ペースは3'25.攻めた.個人入賞の夢が潰えた悔しさも忘れて,攻め続けた.
後半,第1集団の選手を何人かキャッチし,16位ほどまで浮上.しかしサポートの顔色が気になる.団体の状況が芳しくないことを薄々悟った.足もキツくなってきた.
それでも,最後まで何があるかわからない.諦めるわけにはいかない.後半少しペースは落ちたが,フィニッシュ.
フィニッシュ後
もちろん個人順位には全く納得いっていない.それでも,最善の立ち回りと最大努力量のランでタイムを削り出した.やれることはやった.あとは2人がすぐに来てくれることを祈った.
だが,なかなか来ない.次に来るはずのこうとの状況をサポートに聞くと,足を引きずっているとのこと.2年生で初インカレ,しかも怪我を抱えた状態のこうとに快走を頼るのは,荷が重すぎた.
そんなことを考えていると,古俣が来た.泣きそうな古俣の顔を見て,その意味を悟った.2番手で古俣が来た時点で,こうとと玉井が走れていないことが確定する.全員がうまくいって,その上でいくつかの奇跡が起きないと入賞できなかった我々に,もう希望はなかった.
負けた.完全敗北.個人入賞も団体入賞も逃した.全てに負けた.これが最後のインカレか….
総合 1:56:26(18位) 男子団体11位
次回は,リザルトを見返しての感想戦を書こうと思います.
2026/10/06
これからも神輿は担がれていく
今年のインカレは、僕自身が経験した、これまでのどのスポーツ経験よりもアツく、かけがえのない時間だった。
目標は完走ではなく、団体6位入賞。そして、そのための貢献。チームの為に2時間を戦うことにフルコミットした。
これを目指せるチームにいられたことに、まずは感謝したい。ありがとう。
この経験を来年以降に繋げるべく、あの日起きたことを起床から時系列で淡々と残しておく。
緊張していた割に、前日はすんなりと眠りにつくことができた。外から聞こえる雨の音に一度絶望し、二度寝した記憶があるが、それ以外は目覚めの良い朝だった。
朝食ではバナナや稲荷寿司などの固形物を食べ、胃を目覚めさせる。準備はあらかた整っていたため、7時からのトランジオープンに向けて宿を出た。
バイクに乗って会場へ向かう。1回目のトランジオープンでは、搬入をバイクのみに留めた。搬入時に雨は降っていなかったものの、雨がぱらつく予報が出ていたため、ギリギリまでエキップメントを雨から守ろうと、それ以外の道具は2回目のトランジオープンで搬入することにした。
この時点で特にやることはなく、搬入を終えたあとは自分たちのレースまで宿で待機することにした。
試合の開始時間に合わせて宿を出た。荷物をサポートに任せ、宿から会場までの1㎞ちょいをジョギングで移動する。1回目のトランジオープンの際はやや肌寒さを感じたが、打って変わってちょっと暑いくらい。開催時期が9月上旬から下旬に移ったことで、気温の変化に適応する力がより問われるようになったと感じる。
陣地に着いてからも、ジョギングで体を温めたり体幹を入れたりと、レースの準備を淡々と進める。
今回はレース前の補給にも力を入れた。その一環として、Maurten(モルテン)の「Bicarb System」(以下、バイカーブ)を導入した。
高強度の運動をすると筋肉で水素イオンが生じ、体内が酸性に傾いてパフォーマンスが低下する。これがいわゆる「乳酸のキツさ」の正体だ。バイカーブは、重曹を経口摂取して血液の緩衝能力を高め、この酸性化を抑えるものである。重曹は、数十秒から数分の高強度運動で特に効果が出やすいと言われている。「重曹を食べればいいじゃない」と誰かが文句を言いそうだが、ただの重曹ではいけない理由がある。重曹をそのまま摂取すると、下痢などの胃腸障害が懸念されるのだ。モルテンはハイドロゲル製法によって、胃腸への負担を抑えながら効果を得られるようにしている。
これが、僕たちの喫緊の課題であったスイムアップからバイクの乗り出しまでの独特のキツさを解決してくれると考え、試験運用を経て導入に至った。効果については後ほど。
2回目のトランジオープン。1回目は雨を避けるため必要最低限の道具しか搬入していなかったので、少しジタバタした。
1本目のボトルには、PRECISION FUELのカーボオンリードリンクミックスを3スクープ(糖質45g、180kcal)とPH1000電解質タブレットを1錠。PRECISION FUELは日頃の練習から使わせてもらっており、レースだけの特別なものではなく、普段どおりの補給でレースに臨める環境に感謝している。もう1本のボトルには、日が出たり隠れたりする天気だったので、体にかける用の真水をセット。2本とも持ってきたつもりが1本しか手元になく、焦った。緊張していたのだろう(笑)。
バイクに積むジェルは、MaurtenのGel 100 Caf 100。1袋で100kcalとカフェイン100mgを摂取できる。PRECISION FUELのドリンクとMaurtenのジェルは、何度もレースで試して導き出した「試合中にお腹が空かない最強のセット」だと考えている。もちろん個人差があるので、何よりも事前に試してみることが大切だ。
タイヤの空気圧は4.8barに設定。普段は5.5barで乗っているが、路面が濡れている可能性と、前日の試走で感じた路面のガタつきを考慮して、若干低めにした。(レース中、タイヤがスリッピーな感じがして若干苦労した。もう少し気圧を下げてもよかったんじゃないかと少し反省。)
とまあ、これらを15分ほどで完了。トランジでのヘルメットやシューズの配置も、1秒でも削れるようにシミュレーションを重ねて決めた。もちろん、このシミュレーションはトランジオープン中の15分で行ったものではなく、前日の下見などを踏まえたうえでの話だ。とにかく準備が大切である。
アンクルバンドを受け取り、入水チェックへ。一緒にスイムアップを狙う小林と第一ブイまで泳ぐ。小林のSティアキックの後ろについてドラフティングする練習を続けてきたので、「今日も練習通りに」と言い聞かせて調子を確認する。依然としてスイムへの苦手意識は拭えず、スタート前は毎回不安だが、「自分ならできる」と信じて入水チェックを終えた。
予想外だったのは、思った以上に波を感じたことだ。第一ブイで波に揺られる感覚があり、上がってから若干ふらついた(ふらついている僕を見て、駿は不安になったそう)。今シーズンはあまり海で練習できておらず、海に対する準備が不足していたと感じている。来シーズンに活かすなら、海合宿だけでなく日常的な海練習も組み込んで、トレーニング計画を立てていくべきかもしれない。
スイムは1周500mを、上陸を挟んで3周回。
スタートは筑波でまとまる作戦で、内側の2列目を選んだ。ドinではなく、インよりという事前のシミュレーションだったが、喩の位置取りに若干動揺する。とにかく準備と、コミュニケーション。どこかで齟齬があったのかもしれない。玉井とスタート前に少し会話した記憶があるが、玉井を右側に配置し、瀧澤‐小林‐古俣と並んだはず。
スタートして玉井が壁になってくれた左側は凪だったが、右側でバトルが発生。思いっきり右目を殴られる。殴られた瞬間、視界が飛んで何も見えなくなり、30秒ほどは勘で泳いでいたと思う。後で動画を確認すると、スタート直後に殴られ、びっくりして浮き上がっている恥ずかしい姿がしっかり映っていた。
普段ならガン萎えだが、ここで諦めるほど生半可な準備はしてきていない。立て直しに入る。
話は少し変わるが、上陸から乗り出しを楽にすることを狙って導入したバイカーブの効果を、実はここでめちゃくちゃ実感していた。あくまで個人的な感覚だが、スイムスタートのバトルは強烈な無酸素運動で、普段なら乳酸がドパドパ出る感覚がある。しかし今回はそれを感じることがなく、どう立て直すかを泳ぎながら考える余裕すらあった。
とはいえ、1周目の上陸で小林に離され、もう一人のターゲットだった東海大学の宮下選手にも先行を許してしまう。それでも、まだ余裕があったこと、そしてサポートからのタイムギャップの声掛けが正確だったことで、冷静に2周目に入ることができた。結果的に途中で宮下選手を抜き、3周目の第一ブイを過ぎたあたりで小林のSティアキックを捉える。小林のキックを感じ取った時の安心感は、今でも忘れられない。
ボロボロの1周目から、ズルズルと垂れることなく立て直せた今回のスイムで、今までやってきたことが正しかったと証明できたと感じている。ただ、タイムには納得していないので、スイムの強化は続けていきたい。
2周目までは難なく進んだが、3周目の奥の折り返し地点、目の前で落車が発生。折り返しでスピードが落ちていたのが幸いし、クリートを外して回避はできたものの、集団の先頭はすでに巡航スピードに戻っており、大きく離されてしまった。ここで離されたらレースが終わると察し、この日最速の54.3km/hを記録する。体感3分ほど400W強で踏み続け、何とか追いついた。
玉井のおかげで、集団の前方でT2へ。スムーズにシューズを履き替え、ランへ向かった。
最初の1kmは3'30"で入ったが、そこから驚くほど脚が動かない。T2で玉井を抜いた時点で、僕が団体のためにタイムを稼がなくてはいけないのに、周回途中の強烈な上りと下りでリズムが狂っていく。
とにかく走れなかった。期待されていた走りをここ一番で発揮できなかった。弱い。僕は、追い詰められた状況をひっくり返せるほどのゲームチェンジャーじゃなかった。
途中、足を引きずりながら走る瀧澤を抜いて、団体順位が厳しいことをなんとなく察した。故障している瀧澤に頼る事しかできなかった、自分がとてつもなく情けなかった。
学生トライアスロンは3シーズン目、日本インカレも3回目。初めて靴を履けた。ようやくここに辿り着いたはずなのに、上手く走れない自分が悔しくてしょうがなかった。それでも、雨の中途絶えることなく続く声援を胸に走った。走れた喜びもあったが、走れたことにほっとしている自分にうんざりしたり、走りで抜かれるという経験したことのない絶望に襲われたり。とにかく申し訳なかった。
トレーニングでのブリックランは、長くても3kmほど。今までのブリックでは距離が足りなかった可能性を感じている。走り出しをかっ飛ばすトレーニングも重要だが、じっくり時間と距離を重ねる練習も必要なのかもしれない。要はバリエーションとバランスだ。
ようやくゴール。ただでさえ少し泣いていたのに、駿を見て涙が溢れた。この2年間一緒に闘ってきた喩を見て泣きながら抱き合った。瀧澤が本気で悔しがっているのを見て、感謝と申し訳なさが同時に押し寄せた。玉井のゴールに、感謝と共にまた涙した。今日を迎えるまでサポートしてくれたみんなにねぎらわれ、その顔を直視できなかった。学部時代に所属していたアフロの同期に背中を叩かれてほっとした自分もいた。小林は最後まで笑顔だった。
涙を一通り流し切り、冷静になった。負けた。完敗だった。団体入賞し、みんなで笑顔で帰ることが目標だった。それができなかった。
金田さんがゴール後の雑踏の中、「大抵は納得できなくて悔しいものだけど、これからどうするかだよ」と声をかけてくれた。
。
「今年の筑波は強い」。誰もが口をそろえてそう言っていた。だが、本当に今年だけだろうか。僕はそうは思わない。筑波の闘うチームという神輿は、ようやく地面を離れ、担がれ始めた。そしてそれは担がれ続ける。僕はそれを確信している。
だから僕はこれからも担がれていく神輿を、許されるまで見届けようと思う。
2026/10/05
日本デュアスロン選手権ブログ
2026/10/04
チームとして
2023以来のインカレに出場してきましたので、レースレポを書き残します。
最終盤に先頭に上がれた自分と古俣(右側)
2026/10/03
インカレ レースを振り返って
物理学類2年の瀧澤です。初めてのインカレに出場してきました。
去年のインカレを見て、来年ここに立てたらなーと思いつつもその熱は1ヶ月ほどで消えてしまい、気づいたらカーフマンが終わり、そこからみんながインカレの切符を掴むのに燃えてるのを見て、僕も感化され3月から約半年間トライアスロンに労力を割いてきました。レースレポを書くことは自分のレースの振り返りができたり、気持ちの整理ができる機会ででもあるし、インカレはつくとらの代表?として出るレースなので来年インカレを目指す人の糧になればと思って詳しめに、そして今思っていることをなるべくわかりやすく文字に起こしてみようと思って書こうと思う。
まずレースの結果
Swim 21:53 36位
Bike 1:00:43 55位 Sprit 1:22:36 37位
Run 42:05 99位
Total 2:04:41 85位
Swim
スイムは週3回泳ぐことを目標に練習していて、1ヶ月ぐらいはそれを達成していたので1500mを泳ぐ力はカンカレの時よりついていたと思う。自身もあったが、不安もあった。出口さんのスイムレッスンでずいぶん感覚が良くなったのも感じてたし、オープンウォーター系の練習も今までで一番積めてた気もする。来年も出口さんにしっかり一年かけて教わってインカレに臨んだ方がいい結果がみんないい結果が得られそうだなと感じた。
初めて浜からダッシュして飛び込み、泳ぐレースだったのでいまいちどういう感じなのかわからず本番を迎えた。練習で浜から走って飛び込む練習はしていたけど本番は人数も圧迫感も違い少し怖さも感じた。最初にシード選手が呼ばれ、しんめいさんが一番右をとったのを確認し、隣に入ろうと思ったが、うまく入り込めなそうだなと思い、6、7人左側の先頭を陣取った。他のつくとら選手と少し離れてしまったがまあ仕方がないと思いスタートの準備をした。
スタートの合図がなり、勢いよく飛び出そうとしたが浜の飛び出しに少しビビってしまい飛び込んだ後、うまく前に出られず足を引っ張られたり、上に乗られたりでものすごくバトってしまった、、(来年出る人は抜け出すか抜け出せなかったらバトルを覚悟するしかないよ、カンカレなんかのバトルとは比にならない)
ファーストブイの半分ぐらいまでバトルしていたら先頭の方がどんどん前にいっているのを見てこれはまずいと思い、一度後ろまで潜って下り、大右まで出た。集団の後方になってしまい、少し焦ったがまだある程度取り戻せると思い、少しずつ前に行こうと思った。
隣の人にドラして前の人に移る、またその人にドラして前に移るを繰り返してなんとか少しずつ順位を上げていった。そしたら2週目のセカンドブイの前あたりで玉井さんを発見した。さすが玉井さんは抜け出し上手いんやなーって思いながら隣を泳いだ。
2週目の後半に前で中切れが起きてるのを見てなんとか埋めようと思い、前に出て中切れを埋め、そのまま浜での折り返しをした。そこが一番きつくて、飛び込んだ後、すぐ前の方でまた中切れがでてていたが集団中盤ぐらいにいる自分には何もできなかった。
ここの集団でスイムフィニッシュだなーと思い、正直相当最初で遅れたからやばいかなーと思いつつも諦めず、集団のペースを上げるため集団先頭まででて、3周目の第1ブイを回ったあたりから先頭を引っ張った。交代交代で先頭をひっぱり、最後のブイを回る少し前マーク一番のマーク選手、油井牧志が泳いでいたのでこれを逃さなければまだある!と思い、トランジに備え心拍下げようと2番目で泳いだ。そのままスイムアップしトランジに入った。
スイム泳いで感じたのは最初の出だしがめっちゃ大事なこと、練習で100H400modとか入れてたからつくとらの選手は抜け出せた人も多いと思う。(ビビっちゃってうまくとびだせなかったけど、、、)あとは1500mあるけど実質2周少し手前ぐらいでパックに分かれてそこから楽になるから勝負は900mぐらい。
1st トランジ
集団2番目で上がってそのまま浜を走ってトランジへ、スイムの最後で心拍を落ち着かせたからか余裕を持って走れた。ヘルメットに刺していた金田さんから借りたサングラスが落ちてしまい、拾ってトライスーツに挟んでそのままバイクを押して走り出す。2番目でトランジインしたのにバイクに乗る頃には集団後方になってしまった、、、、。今回はトランジの遅さが直接的にレースに影響しなかったが今後エリートレースや、その他レベルの高いレースになればなるほど影響すると思う。
トライアスロンで3種目早くするのももちろん大事だけど、3種目のどれかで10秒削るより、トランジで10秒早くする方が楽だと思う。
Bike
走り始めてすぐ4人集団になった。水曜スイム練習でスイムからすぐ3分バイクをやっていたのもあり、呼吸も打ち上がらずすぐコースに入った。そのまま初めは4人で集団になり、すぐ前の油井集団を追った。
コース半周で追いつきその時にはもう15人程度の集団になっていた。追いつくので少し足を使ってしまい、そのまま最後尾で折り返しでバカ踏み、休憩するも前に行けず後ろの方でふみふみを3周ほど繰り返していた。結構きつかったがちぎれるほどはキツくなかった。そして4周目ぐらいで前の集団に追いつきそこにしんめいさんもいた。一安心し、集団も大きくなり、ずいぶん楽になった。このまま先頭まで行き、ランニング勝負になるんだろうなーと思い、足を貯めに行く動きに切り替えた。
なかなか前の集団が見えない、、。このまま追いつかないのか??と思ったらどこ大かわからないがサポートの人が先頭から3分と叫んでいた。残り距離も少ないのに3分??これは絶対追いつかない、、やばい、、そう思っていたらしんめいさんが下がってきて、この集団で行くしかないみたいなことを言ってたのでランに備え最後尾まで下がった。
事前に周回コースを抜け、橋のこぶ?みたいなとこのさしかかったら前にでてトランジを先頭で終えようと話していたので、段取りどうり後ろからこぶが見えたら上がって90度カーブを終える頃には集団先頭でしんめいさんの後ろにいた。これは成功だと思う。
バイクで思ったのは足を鍛えるのももちろん大事だし、集団内での余裕度が違ってくるので大事だと思うが、集団内での立ち回りでキツさが全然変わってくる。
あと、事前にどこで何をしようと決めていると迷わず動けるので特にトランジ前とかは決めておいた方が良い。
2st トランジ
早く靴履けるように練習しないとな、、、他はいうことない、、
Run
走り始めてすぐ足首に違和感があった。初めは大丈夫だと思い、走り始めたけどうまく反発をもらえない、、三週間も走ってないんだから少しぐらい変な感じしてもおかしくないでしょと自分を言い聞かせて走ってたけど1周目の下りで明確に痛みに変わった。着地すると明らかに痛い、、走り方をうまく変えてなんとか走ったけどスピードは出ない。時計をつけてないからわからないけどおそらくクロカンはキロ5は超えてたと思う。
どんどんどんどん抜かれていく、、2周目の登り前で古俣さんに抜かれ、諦めるなよ!みたいなことを言われた気がするがあんまり覚えてない。心臓には余裕があるのに足が回らない、、やめて歩こうかなとも思ったが筑波3番目だったので団体に関係する!と思い、諦めず走った。(途中歩いてたけど)
こんな走れない自分なのにみんなは諦めずすごい声援を送ってくれるからすごく悔しい?気持ちだった。
ラスト2周回はあんまり覚えてないけどきっと醜いレースをしてたと思う。
そんなこんなでゴールした。
ランで思ったのはトライアスロンはランが早くないと競技としては楽しめない、、レース中に声をかけてくれた人も早く走れている人は楽しそうだった。
Total
ゴールしてすぐ自分は弱いなーと思ったのと同時に今までのレースで一番の悔しさを感じた。今回のレースプランはスイムをTTして、バイクでうまく集団に乗り、先頭集団まで行ってランニングで39分で走るというを目標にしていた。実際はバイクも先頭集団で終われずランはほジョグ、、、、正直インカレで戦う実力は全くないのが現状だった。
ただ自分よりずっとトライアスロンに詳しいインカレメンバー4人と一緒に練習したり、同じ目標に向かって努力できたのはいい経験だった。
とりあえず今年の冬は冬眠しないことを目標にする。一旦は足を直すのとインカレ後の長めのオフが星いいのでにほとんど部練には行かないかもしれないが、足が治り次第、徐々に練習に顔を出そうと思う。