2022/06/29

関カレ!

はじめに

最高のレースだった。で終わりたいくらい私にとっては過去最高のコンディションだった。自分の特性を考 慮してインカレ (だいたい 60 位くらい) ラインに滑り込むことを考えたら次のような展開が現実的だったろ う。

SWIM でできるだけ圏内に入り込む。BIKE で一回圏外になっても慌てないで冷静になって RUN を迎えて、 RUN でボーダーをぶち抜く。SWIM RUN でぶん殴る。

いざふたを開けてみたらその通りだった。いや、それ以上だった。SWIM で圏内に入って、BIKE 終了時にはまだ ボーダーにいた (!)RUN で最高 45 位くらいまであげて (そこでペナルティー消化した) 最終順位は 51 位。 インカレが現実味を帯びて見えてきて以来、多くのひとが「練習してるね」って言ってくれるくらいにはがん ばっていたから結果はとても嬉しい。

レースの反省だって、思い浮かぶのは3つだけ。 速いペースで回せて足張って辛いからこそ、もっと笑おう。苦しい顔してた自覚しかない。サポートのひとに 垂れてたって言われてたし、なにより写真写りが悪い。 2 大会連続ドラフティング違反でペナルティー。1年生のときは一回もなかったはず。それだけ勝ちをタイム を狙ってかつそれだけの実力がついてきたってことなんだろうし、BIKE での恩恵は 30 s 以上はあるだろうからペナルティー喰らったほうが速いのかもしれないけど、そのうち足元掬われて痛い目見る。 RUN のラスト、6, 7 人の団子を安々と見送ったのはバカだった。そのせいで正式リザルトでるまで全然安心 できなかった。 このくらい。もっとあるはずだけどまあいいさ。

 

1 SWIM

競技前にゆっくりできるのは SWIM だけ。ここにインカレがかかってるってところあったけど緊張が高ま りきらずにいられたのはつくとらの人たちと話していられたから。入水チェックで感じる水の気持ちよさ。渡 良瀬とはちがう!彩湖とはちがう!水がきれいだ!!W-up に目向けた SWIM 練が功を奏したのか、回る腕。そし て飲める水、まぶしい太陽。位置取りは前の真ん中より外。気づいたら周りにこじさんしのさんほたかさん。 他にもいたかも。いたかった位置にいれて幸先よし。ここでホーンが鳴る。レーススタート。 位置取りよしだったから快適な SWIM。私の周りにひと少なくて左 (ロープ沿い?) に密集しがちだったけど、 ブイの位置考えたら私の軌跡が最短なんだよなあ、って謎に日本人らしからぬ自信を持てていた。新しいゴー グルとなぜか良い視力でブイがはっきりと見えた。ただ、ヘッドアップちゃんとしないといけなかったけど。 ここで焦らずに、むしろ変なとこ泳いでる (と思って) まわりを見てリラックスできたのは強かった。那須塩 原の水は気持ちよい。気持ちよさを私という変換器で動力に変えるだけ。スプリントディスタンスは本当にす ぐ。いつの間にか橋の下。最後まで気は抜かない。ラスト 100m くらいは前のひとにチェーンして楽した。こ の判断、レース全体を見ていなかったら絶対していなかったと思う。だって SWIM で順位取りたかったらス パートかけるべきじゃん。それよりも後の BIKE を万全に迎えることに重きを置けた。偉いよ私。

もう、全部練習が効いた。SWIM 班だってことをちょっとだけ気負って、開錠と同時に学生証をかざして窓 開けて電気つけてメニューを書く。2,3カ月前から週1の課題になってた。気抜くとメニュー作りが回って くるし自分のメニューはさぼりたくてもさぼれないよね。。 位置取り、ヘッドアップ、直泳。単純な SWIM 力にオープンウォーター特有の要素がデバフをかけるわけだ けど、他のひとよりもその影響は少なかったんじゃないかなって思うし、練習に裏打ちされた自信ほど美しく て強いものはない。SWIM up から走るのちょっと長かったけど裏目標 (結果としてそうなってたらいいな、 の意) である「かのさんに勝つ」も達成できたし。 みうさんが 52 位って指で教えてくれたのがなぜか印象に残っている。インカレ圏内入ってる。楽に速く泳げ たのも相まってここはとても笑顔。

2 BIKE

一番苦手なパートだ。インカレ圏内から十数位か遠ざかっても焦らないようにそのようなレースを想定して おかなければならないくらいには苦手。アップダウンが3回あるコースだったのは私にとっては僥倖だったか も。主に不動峠、朝日峠で自主練していたし、登り坂は弱くない。 1周目。言われたように下りの最初でガーって漕いで給水した。軽く水被って覚悟を決める。平坦の折り返し 2 でしのさんとおおしろを見つけて心の中で勝負を挑んだ。登りは32キロ巡行だった。後半大丈夫か?ってふ くらはぎと相談しながら登りを終えた。 2周目。すでに集団とはこんにちは。しのさんにも抜かれた周。抜かれて抜かされて、ドラフティング違反に 対する意識が麻痺してた。しょうがない、とは思うけど取られてないひとが実際にはいるんだからやりようは あるはず。おかげで垂れずにいけたのだけれど。自分の練習以上のペースで走っているから、苦しかった。 3周目。突然の大雨。苦しさも足の違和感も流された。横風ひどかったからペースを緩めて結果的にそこで足 を残すこともできた。登りはちょっとがんばった。 他の2つと違うのは、周りのペースに流されるしイーブンでいけないこと。あるペースでイーブンでいるには それ以上の実力が必要な気がするから今回は仕方ない。

3 RUN

ペナルティーボックス入ったとは思えない走り。距離は十分に積んだ。圧倒的な自信の塊だった。それも しっかりと練習に裏打ちされた。BIKE のラストでしのと30秒以内!って言われたとき、追いつけるビジョ ンがすぐ浮かんだし、最後の2キロでほたかさん40秒前って言われた時も追いつく気でいた。あくまでイン カレ圏内だから足ぶっ壊れるとかはないように気配りながらだったけど。だから池でしのさんの背中を捉えて (圧倒的視力) 3キロ手前で抜かした時はここ一番の笑顔だったはず。でもなぜか、そこ以外笑えなかった。苦 しさを前面にだした走りは醜いし好きじゃない。楽しければ笑う。笑えば楽しめる。必要十分条件の理解が不 十分だけどそう信じてる。 後日、ゴールして、しのさんがいて、はすさんがわーってしてくれて、そこで初めて笑ってるの見たってマネ さんに言われてびっくりしたもん。そういえば、そうね。

終わりに

リザルトでなくて落ち着かないのと大学生したくて、徹夜で大学籠って解析力学した反動ダメージで失速し ていったブログ。私が思ったことをまとめます。 朝 SWIM もロング JOG も、「勝ちたい」の他にも「楽しい」を原動力に継続できたのがよかった。そのよう な練習に裏付けられた自信でレースで実力以上の実力を発揮できた。 逆に、BIKE は積極的にやろうっておもっていない (思ったように進まないからか? ) からいつまでも苦手。 不動アタックは帰りの朝日の景色を含めて楽しいからできる。 「勝ちたい」の燃料は私を動かすには少々非効率。でもやっぱりインカレ勝ちたいよ。ファイト。 あとは、やっぱりもっと笑いたかったよ〜〜。インカレは笑ってゴールテープを切る! そして、ペナルティー喰らってインカレ圏内とかいうオーバーキルできるまでに成長できたのはみんなのおか げです。当日だってサポートの声きけて安心したしレース前も安心できたし、ありがとうm(__)m

物理学類2年次 小林颯人

笑って帰ってくるんだ






この湖と青空、バイクコース、その全てが今はほんとにただだた憎い。



写真を見ると、後悔の言葉が次から次へと脳裏を駆け巡る。




1年前のカンカレは、水の冷たさバトルの激しさに揉まれて溺れかけて、何とかブイを頼りに泳ぎきるだけで、いっぱいいっぱいだった。

岸上がった時の、安心感は1年経った今でも鮮明に覚えてる。


その時から比べるとswimはだいぶマシになったと思う。(カナヅチであることに変わりはないけど)

bikeもそれなりの順位は安定して狙える自信があった。

そうした去年とは違う、1年それなり練習してきたという、自分への期待がこういう結果になったのだと思う。




(みんなにどう思われてるかわかんないけど、)「緊張しぃ 」なんです。



前の部活の野球では、ほんとに酷くて、打席に立つ前の緊張感がほんとに苦手でした。


でもこの緊張は他の選手に迷惑を掛けたくない気持ちと、出れない人の分も頑張らなきゃ、打たなきゃというチームスポーツ特有の責任感からの緊張でした。



しかし、トライアスロンを始めてからはこの緊張感とは無縁でした。別に自分が失敗しても誰にも迷惑かけることないし、レースに出るか出ないかなんて自分で決めるものだから責任感なんてない、そんなふうに考えると、緊張なんて微塵も感じたことがなかったんです。



今考えてみると、当日はかなり緊張していたんだと思います。

今まで味わってきた別の緊張感、自分自身への期待への裏返しに...



ひょっとしたらインカレラインに入れるじゃないかそういう期待があった。そのために自分がもってる実力より少し上のパフォーマンスを出さないといけないという、気負いがあったのだと思います。


だからこそ、swim up後のトランジで玉井を見つけて、「これはいけるかも!」と

普段以上に力が入ってしまった、


気づいた時には、

登りの途中で急に足に全然力が入らない状態になっていました。


みるみる手元のサイコンに表示される速度が落ちていき、それに伴い、体が全然動かない、やばいどうしよう、もうダメじゃん、終わった、1周目から動かなかったからもう無理じゃんと次から次へと悪いことばかりが浮かん出来ました。

bikeにかける比重の重さが仇となり、ここでこの状態だともう無理だと、プツリと集中力の糸が切れ、どう乗り切るかという思考にも至りませんでした。


サポートの人にbikeで垂れている姿を見られるのも、

大好きなbikeで思うように走れないも、ほんとに嫌で、歯痒くて、悔しくて、漕ぐのやめて降りようと何度も何度も思いました。

いっそのこと落車してくれないかとも思いました。


そこからのことは、あんまりよく覚えてないです。とりあえず、bikeが終わって、ランはジョギングで最後の方にゴンさんに越されていきました、



やるべきことは全て、やり尽くした?

準備は万全だったか?

 



同期がインカレ決めたことを、素直に喜んであげられない、彼の方が実力的にも上のはわかってるけど、いつも通り、欲をいえば調子がいい時の状態だったら、ギリギリくらいには入れたんじゃないかってどうしても思ってしまう。

そしたら自暴自棄にならなくて、怠慢な走りをしなくて済んだじゃないかって




今はほんとうに、何をしていても「なんであそこでもっと踏ん張れなかったんだろ、なんでドラしてでも喰らいつかなかったんだろ、最初から攻めて漕がないといけないってわかってたじゃんて」何度も何度も頭の中を反芻している。

自分のメンタルの弱さがほんとに嫌になって、自分が嫌いになる、


でも、


でも、





ここで諦めたくない、

もっと強くなりたい、

来年は笑って堂々とインカレ行きを決めたい!、

それくらい強い選手になりたいって気持ちが湧いてくる。


正直、トライアスロンをこんなに夢中になって、勝ちにこだわってやるつもりで始めてなかったけど、今はいいことか分からないけれども、とにかく結果が欲しい!

自分が心から満足のいくレースをしたい!




この気持ちがどれだけ続くか分からない、1ヶ月、3ヶ月そこらもしないうちに、この悔しさが薄らいでどんどん楽な方に逃げたくなるかもしれない、寒い冬の朝プールが嫌になって休みがちになるかもしれない。


そんな弱い自分を見かけたらどうぞ遠慮なく「口だけじゃん」って厳しい言葉で注意してください。お願いします。



多分まだまだトライアスロンは好きです。こんなに自信を喪失するくらい情けない結果で、レース中、帰りの車の中では、もうしばらくレース出たくない、練習もoffの期間は絶対にやりたくないって思ってたけど、1日休むと、徐々に練習少ししたい、夏休み1本位はレース出たいなって思ってくるんです。そういう病気なのかもしれません。





ここから1年、

来年は好きって、最高って、あの時はありがとうって言えるように、


嫌なこと、きついこと、苦手なことを

我慢して、向き合って那須塩原に戻ってきたい。



2022/06/27

前に進むために 〜東日本インカレ 出し切れなかった後輩へ〜

3年 小島 駿亮

 

サポートの方や応援の方、学連の方に加えて選手たちで作り上げた東日本インカレ。

つくトラとしてチームで作り上げた、とても良い時間・空間でした。

 

自分にとっては悪夢でしたが、、

 

正直、いまだに現実が受け入れられてなく、レースを思い出すだけで言葉に詰まる。

ストラバも見れないし、写真も怖くて見れない。

口で失敗談として話せるようになるまで、おそらく時間がかかりそう。

 

けれども、時間は進んでいる。

自分が過去に溺れ苦しみ、懸命に平静に戻ろうとする中で、

無情にも隣ではすいすいと自分の手で前に進んでいく人がいる。

 

今回の文章は自分だけのワードにとどめておこうかと思ったけど、

ブログに赤裸々に今の心情を書くことで、現部員に一言で話せなかった思い、将来の部員に反面教師として使ってもらいたい。

本当は、自分が気持ちを打ち明けることで救われたい。

 

文字なら今の気持ち、レースを書き記せる。

現実を受け入れるために、前に進んでいくために、

幸い、今はもがき苦しんでいるけどOWSとは違ってゆっくり呼吸ができる。

タイムも順位もない。1文字1文字、ゆっくりと書き進めて行きたい。

 

今回のレース、敗因は心。

一番、自信を持っていた部分が最後、穴となった。

フィジカル面には慢心もなく、最後までベストで挑むことに注力した。

 

心を置いてきてしまったようだ。

「どうせ俺はレースでは実力以上が出せる」

「本番に強い」

 

何がだ。

そんな奴が、レースでパニックになり、心ここにあらずでレースを進めてしまうのか?

慢心はだめだといわれて、慢心はしていなかった。。はずだった

 

自分の心、、、

胸は折れても心は折れない。

磨いた心が一番の武器だと思い、自信を持ち、放置してきた。

できると信じて。

 

2月の大怪我から急ピッチで仕上げ、医者の忠告も聞かずスイムを早めに始めた。

4月中旬、やっと運動できると思ってたらシンスプリントになった。スイムですら痛い時期が続いていた。

今でも痛いままだ。それでも、スイムのプル、バイクなら負担が少ないと思い、やり続けた。

色んな活動ができるようになって、忙しかったけど、できる限り毎日やっていた。

 

6/5 彩の国トライアスロン。

楽しかった。そこには運動ができている自分がいる。

全治6か月といわれた怪我だけど4か月後にはトライアスロンができている。

心から笑えた。ただただ幸せだった。

 

今思うと、ここから歯車が狂ってきたのかもしれない。

楽しむことよりも順位、順位、順位、、、

確実にフィジカルは上がっている。まだ、伸ばせる。油断なんて1ミリもない。

 

ただ、体の急ピッチな調整に心が追い付いていなかった。

トライアスロン後、心が折れかける。

体が動かない。とても気持ちが悪い。頭が痛い。

それでも迫ってくる日常。

やることの量は減らした。部活も続けることだけを意識して、無理せずに参加した。

 

それでもだめだった。

ますます悪くなるメンタル。実家に帰る頻度を上げて回復に努めた。

ようやく回復の兆しが見えたのは 4日前。

少しずつ回復した。けれども体調やメンタルを万全にするのは間に合わなかった。

 

前日、試走。

走れた。体は動いた。フィジカル面はOK。

夜のMTで強気の発言。別に嘘は言っていなかった。

 

「全力で楽しむだけです」

この一言を除いて

 

実は、前日、気持ちが悪かった。

「この弁当が、、、」とか言って食べなかったけど、確実に体のコンディションは悪かった。

そのサインに気づかなかった。というか気づかないようにしていた。

明日は行けると。。

 

当日、距離が半分になった。正直、ODが良かった。

でも仕方ない。やるしかない。

 

女子は楽しそうにレースをしていた。

自分たちも頑張るぞと力をもらった。

 

先日とは異なり、体調もまあまあ。

コンディションは大丈夫。

他大の人とかと頑張ろうなとか言い、「栄光の架橋」を聞きながら気持ちをあげていった。

 

さあ、時はきた。

今までの成果を出すぞと、順位をとるぞと。

楽しむという気持ちは無かった。

 

スイムの場所は真ん中2列目、バトルは激しいが慣れっこだ。

スタート同時に威勢よく飛び出した。

冷たいけど、万事オッケー。

全然、進める。集団も多いし、チェーンで進める。

 

あれ?

異変に気付いたのは200m通過したころ

周りに人がいない。誰もいない。

顔をあげると自分の周りだけ誰もいなかった。

焦った。

 

ヘッドアップを行って、前を確認しながら泳ごう。

そう思った矢先、ふいに足をつかまれ、頭を殴られた。水を一気に飲んだ。

故意ではないのは感覚で分かる。けれども自分はそこで平静を失った。

 

突然、水の青さが怖くなって、水温が刺さるように冷たい。

息ができない。焦って、顔をあげると人が前に行ってしまっている。

進まない、苦しい。 水底に引っ張られていくような感覚に陥った。

 

やばい溺れる。

とりあえず苦しいから平泳ぎで呼吸を整えよう。

最初のブイまで、そしてそれを過ぎて少々。体感50m以上、平泳ぎした。

抜かれていくけど、心を保つのが先だ。

幸い、前の方だし問題はない。

 

けれども順位という呪縛はここで働いた。

知っている顔が横を通ったのだ。(実際は違う人だった)

こいつと同じだとスイムアップは100番台かもしれない。

やばい、やばい、やばい、

 

パニックが収まらないまま、クロールに戻した。

早く終わってくれ。息がしたい。

なんとか泳ぎ切ったが、焦りっぱなし。

順位は70番台。タイムは1130秒だったらしい。

けれどもそんな声は聞こえず、トランジに手間取り、心肺も上がりきったままバイクへ行った。

 

バイクは記憶がない。1周目で部員に抜かれて、挙げなきゃと思ったけど、上がらない。

目の前で落車もあった。怖い、ただただ怖い。

トランジも靴が脱げない。手が震えてしまって、脚が出せない。

ふくらはぎが攣った。仕方なく、片足ビンディング履いたまま、トランジした。

終わった後に分かったことだが、

ホイールからパンクしたような異音が出ていた。

ドリンクを一度も飲んでいなかった。

ビンディングのゴムが切れていなかった。

補給もとっていなかった。

 

得意のランも全く上げられず、最後の最後で少し上げて終わってしまった。

順位は分からない。ただ、タイムは見たこともないような時間だった。

 

レースの総括はこんな感じだ。

自分がはっきりしていたのは開始200mまで。あとは別の人間が競技しているようだった。

 

終始、恐怖と戦っていた。

溺れるんじゃないかという恐怖。

インカレいけないことへの恐怖。

何より積み上げてきたものが瓦解していくような恐怖。

 

初めてだった。

楽しいんじゃない、ただただ怖い、恐ろしいレース。

レース後の気持ちは虚しさと完走したことへの安堵感。

夢でも見ているかのような気持ちだった。

 

一人一言でも言葉に詰まったが、あそこで言った一言が全て。

「悔しいし、寂しい」

 

出し切りたかった。みんなでインカレに行きたかった。

みんな、自分、本当にごめん。

 

今後どうするのか、

幸い、やりたいことは沢山ある。

けれども、心にぽっかりと空いた穴は埋まらなそうだ。

日本一周旅行でも、遊びでも、新しい挑戦でも

 

一晩、考えた。トライアスロンはどうしようかと。

目標は失った。じゃあ、やらないのかと。

答えはNoだ。

俺は心の底から運動することが好きだ。

ただただ、体を動かし、頭を使ってレベルアップする。

それが楽しいはずだ。

 

そう考えたら、もう体は動き出した。

ジョギング。

脚の感覚だったり生々しい記憶がよみがえってくる。

それでも運動することが唯一の解決。

汗とともに、体に刻まれていたナンバーを洗い流した。

 

結果にとらわれる過去からの決別。

自分を追い詰め、心身に異常をきたしてでも打ち込む過去を洗い流し、

純粋に競技を、レベルアップを仲間と一緒に心から楽しむ。

トライアスロンは結果を出すため道具じゃない

俺の一部だ。

結果はもう出ないと分かってなお、決別しないのはそういうことだろう。

 

そう考えたら不思議だ。

ただ強くなりたい。練習がしたい。それが楽しむことにつながる。

 

多分、今回の失敗は今まででもトップ3に入る。

けれども、今まで失敗したらそれを成功に変えている。

失敗を生かすかどうかは自分次第だ。

多分、神様もそう言っているのだろう。

「結果や人の目にとらわれるな。楽しむことに全力になれ。」と

楽しむことで体と心が一致する。

それを忘れちゃだめだ。

 

走りにでも行こうか。

結果もない、順位もない。

ただ、前に進むだけ。

意味なんてない。ただ、走りたいのだ。

 

 

今までだって、そうだったじゃないか。

旅行だって、挑戦だって。

まず動く。楽しもうと思っていたら心が勝手についてくる。

物理的にでいい。

前へ進もう。

大ループでも走っていたら、置いてきてしまった心と一周差で出会うかもしれない。

 

最後にインカレに行けないことは悔しいし寂しいのは本当だ。

過去を変えられるなら今すぐにでも変えたい。

けど無理だ。そんなことはわかりきっている。

じゃあ、どうするか。

トライアスロンを楽しめばいいじゃない。

改めてトライアスロンが好きだ。

 

俺はトランジが速い男。

レースではミスったけど落ち着いてる今なら早いはず。

俺は前に進む。勝手に心がついてくることを信じて。

2022/06/22

関カレに向けて.

さて。こんにちは。かのです。

読書の波が来てます。高校生の時から小説家の西加奈子さんのファンなのですが、ほんとにいつか会いたいです。ここで言っておきます。届いたらいいな()

おすすめは「サラバ!」です。数人の部員もよんでくれました!


さてさて関カレの決意表明です。

過去ばかり見ているのか、初心を思い出しているのか。さぞお見苦しいことでしょう。なのに投稿するのは、たぶん発言の責任が欲しいからです。


こんなに書いちゃって、こんどの会報はどうするつもりなんでしょうか 🤷‍♀️


<晩夏> さかのぼること8

「覚悟はある」と言った。

一つは、主将を任されるのは光栄。やってやろうという気持ち。もう一つ、それが同期の望むことなら引き受ける、という気持ち。重圧、拘束。好きなひとたちが苦しむ姿は見たくないから、だったら私が引き受けるよ、積極的に。と思った。

 

<秋> 10月 インカレ-スプリント

初めてのインカレ。

直前期、心が練習を拒否する。切り替えられず、自分の扱い方はわかっていなかった。今は準備や対策が足りてなかったなあ、って思える。

 

初めての遠征運営。

ドラ講からはじまる遠征。畳みかけるあれ確認これ確認に狼狽。たいへんだあ。

 

<春>

練習を楽しめるようになってきた。

三部練の充実感。持久系からスピード系にメニューに移り変わり、参加人数が増え、気候が春らしくなり、その雰囲気が幸せだった。

 

強化練。一週間練習漬け。動きすぎて眠かったり、食べても食べてもおなかがすいたりしていたら、感情が薄くなった。最終日、達成感と一緒に虚無感に襲われたのは覚えている。夜空の下で泣いていた。どんな言葉がこぼれたのかどうしても思い出せないが、競技で高みを目指す意味を自問していた気がする。

「一週間までなら完休しても取り戻せる」と信じて、しばらく何もしなかった。少しずつ取り戻して、運動の本能的快楽を感じるまで待った。

 

運営で頭を使うことはどうやらあまりなかったみたい。徐々に慣れていった時期かな。

 

<年度が替わって、初夏>

ランセッション。競技に対してプラスの気持ちをもてるきっかけが欲しかった。一つの正解をもらえた。いってよかった。

認定記録会。とても健やかな悔しさ。そしてそんな感情が生まれてきたことがうれしかった。どこまでも上を目指せるような気がしていた。

 

5月 スプリング

高みを目指す気持ちの地盤は緩いから、ちいさなことで崩れるんだなあ。高い目標が独り歩き。レース中の頭の中は「楽しくない」。体は動く、完走もできた。でも出し切れない。


遠征運営は、前も書いたが、どこかうまくいかない。無礼極まりないのは承知で。理想が高いのかもしれない。具体的には、ストックホイールとか、時間とか。準備不足は目立った気がする。

学連参加が多かったこの遠征、「大変だった?」と聞かれた。

口から出たのは思ってもいない「ほぼ何もしてないよ」という言葉。北方から歩いて帰りながら、もう泣いていた。自分がいちばんわからなかった。大変だったけど、甘えたくなかったし、レース楽しめなかったし、感情ぐちゃぐちゃ。誰かと比べなくてもいいんだよね。気づけなかったなあ。

 

6月 彩の国サポート

関カレの前哨戦として闘志燃ゆる仲間たちを支えたかった。すごく楽しかった。出場しないという気楽さも救いだった。支えることで幸せになれる性分なんだから、それを楽しめばよいじゃないか。 

でも、その自分の楽しみのために、期待しすぎて、理想を押し付けていた。自分の軸で生きられない自分のことが大嫌いだった。周りは、学業にも真剣で、充実しているように見えた。劣等感、孤独感、焦り。持て余す愛を注げば「自己犠牲」と指摘され、セーブすれば「自分はどこにいるの?」という不甲斐なさに襲われる。同期相手に電話口でまた泣いていた。

 

関カレは絶対に楽しみたい。出し切りたい。このままじゃだめ。間に合わせなければ。どうする? 

このころから、なりふり構わず考えてることを話すようになった。機会に恵まれ本当にいろんな人と話せた。気づきは「人を束ねることが自己実現?キャプテンってそんなもん」。脱力できたよ。

 

「楽しみ。そういう気持ちになれたことに安堵しています」

絞り出した今の気持ちを表すことば。コミュニケーションも大切なピーキングですね(現在進行形)。

 

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まっすぐに、気持ちに素直に生きていたい。好きな人たちを好きでいて、尽くしたい場所で尽くしたい。その結果、自分がつぶれてしまうことは確かに求めていないことだけど、尽くす過程を欲している。

いま、こうなりたいに素直に生きる自分を、受け入れてあげよう。

出し惜しみせず愛を注ぐことを、ゆるしてあげよう。

 

きっと、大きな波も小さな波も、再び経験していくのだろう。

沈んでいるときには、周りが見えなくなり、盛り上がるときには、恥ずかしくも全能感で満たされるのだろう。今みたいに。

制御できずに流されながら、自分に噓をついたり、見栄を張ったり、また思ってもいないことを言ってしまうこともあるだろう。

封じたいはずの「怒」や「哀」を心に育て、やりきれなくなる日。

どこまでも走り続けられるような「喜」や「楽」を愛でる日。

どちらもあるのは真剣な証拠。


競技と運営のせめぎあい。ちょっと前までそう感じていたけれど、せめぐとは争うこと。違う。

大丈夫、こう見えて競技は捨ててない。楽しんだら、出し切れたら、結果はついてくると信じる。トライアスロンが好き。

あまりにきれいな言葉ばかり並べたお陰か、受容と肯定はできた。さあ笑って関カレへ出陣。楽しみたいです。


無事に終わりますように。みんなが笑えますように。感謝忘れずに。

2022/06/21

2022年度 他己紹介!

こんにちは!

筑波にもじめじめとした季節がやってきました。それでも関カレに向けて、つくトラ一丸となって練習に励んでいます🔥

僕は理工情報生命学術院、数理物質科学研究群所属M1の岩瀬大周です。

さて今回は毎年行っているという他己紹介の回です。
僕が紹介させていただくのは、
医学類2年の玉井彪己(たまいひょうご)くんです!!
こんなかっこいい名前初めて出会いました☆
そして高身長!!好青年!!!(ひゃーうらやましい!!)


そんな玉井くんを一言で表すならば、まさに「風流才子」でしょう!(言いたいだけ)


朝泳いで、昼は人体解剖実習で心臓を切り出してみたり、夕方は走ってみたり。。。なんたって医学類の彼ですから、、、かっこよすぎます。。。
どこまでスペックを上げれば気が済むのでしょうか、、、

高校まではサッカーをやっていましたが、大学では新しいことを始めたいとのことで、トライアスロンを始めたようです。最近NEWバイクを買ってとても楽しそうにバイクに乗っている彼をみて、ほっこりした気持ちになりました笑


玉井くんのつくトラでの目標を聞いたところ、「インカレ出場(できたらいいな)との言葉をいただきました~!
ぜひ筑波大学の名を背負って頑張っていただきたいです!

それでは今回の他己紹介は終わりにしようとおもいます。
次回の他己紹介もお楽しみに!

↓日本学生スプリングトライアスロン選手権渡良瀬大会

2022/06/20

目標へと挑む自分への手向け

こんにちは。物理学類2年次の小林です。関カレの決意表明というか、いまの気持ちというか、時間があるうちに軽~くささっと書いておきたいと思いました!(学類のレポートが牙を向いてきたよ(´;ω;`)ウゥゥ)

 

 さて関カレの目標は、つくとら内一位、2時間10分、60位、言葉は変えどもインカレ出場。目標?因果関係は狂ってるしふわふわとしたレース展開しか想像できない。それでも私は行きたいって思っているみたいなんですよね。滅多にお願いしない子に珍しく強くお願いされてるんです。叶えてあげましょうね。

 

 努力はしたつもり。酷い週まじでこれだったかも。

おかげで朝にめっぽう強くなった鬼メニューを鬼メニューで返し合ってきたもんね。大丈夫。勝てるよ^^

 

 最低限の道具はそろえた。どう使っても最高な万能の道具ではなかったけれど、うまく組み合わせて使えば良い。あと一週間切りましたね。言葉が乾かないように。

 

 

 

2022/06/11

Stop clinging to your glory days, or you’ll be left behind .



ご無沙汰です!
M2になりました村瀬です。


久しぶりにブログを書きたい気分になったので出てきました!(突然)



まずは近況報告をば。

今年の関カレにエントリーしてしまいました。
出る出る詐欺じゃありません。
ちゃんと入金済みです。

学生ラストになる(であろう)那須塩原でのレースなので、やっぱり走っておきたくて。


学群1〜3年の時に出場し、4年は中止、M1はサポートで参加。
なので4回目です。

目標は「バイクは1年の自分に勝つ、ランは2年の自分に勝つ」ことです。

スイム?知りません。
3年の自分??もっと知りません。

単純にこれに負けたら悔しさが残りそう、ただそれだけです。




関カレに向けてそこそこ部活に顔出すようになり、(気持ちだけなら)全盛期に近い状態かもしれません。

今日も朝日農道で後輩にいじめてもらいました。
バイクでそこそこ気持ち良く回せたと思いきや、ブリックランで差し込みの嵐…

スイムは研究室の関係上あまり行けてませんが、スイマー勢に差を見せつけられて元スイマーを語れなくなってます。これでも12年くらい水泳やってたんだけどな。




研究は恐ろしいくらい進んでないです。
聞くな。

早く実験したい。



…とまあ最近はこんな感じで生きてます。


あ、タイトルの英文は高校時代の愛読書DUO3.0の構文の一つです。
いつまでも過去の栄光にすがってても仕方ないよね。
3年の自分と今の自分は別物なのだから。
違う結果で構わない。
ベストを尽くすだけ。




ところでそろそろ他己紹介始まりますかね??
個人的に密かにかなり楽しみにしてます。


ではOBOGの皆さん、那須塩原で会いましょう。