こんにちは。
金田です。
11/4(土)に山形県寒河江(さがえ)市グリバーさがえで開催された2023デュアスロン日本選手権に参加してきました。そのレースレポというか日記というか備忘録です。
11/3(土)
前日に筑波から実家(千葉)に一旦帰り、家族の車で山形まで。
7時半くらいに出発し、途中成田駅で同じく出場する国際武道大の大樹をピックアップして高速に乗った。お父さん運転ありがとう。
途中渋滞もあり13時半に寒河江I Cに到着。
13~15時にエリート受付、15時10分から競技説明会があり、会場が高速を降りてすぐのホテルであったため、受付をした後に2,3km先のレース会場に向かい試走をした。
バイクコースは狭くコーナーと折り返しが多く、コーナー内側に砂があったり、折り返して坂であったりとかなりテクニカル。
バイクのギア構成はフロント53-39tリア11-25tで、アウターロー53-25tだと折り返しからの坂がSFRのようにグイッグイッと踏まないとクリアできないので、特にバイク後半に攣らないように安直に下腿で踏んではいけないと予想。
他にもレース速度で突っ込んでコーナリング時の立ち上がりのギア位置やトランジ、ランコースを確認して数キロで試走を終了。
その後、競技説明会に間に合うようにホテルに行き着替えて競技説明会へ。
どうやら当日バイクの車検や使用シューズ、レースウェアの撮影もありしっかりしているそう。大樹曰くインカレも国体はもっと緩いんだとか。ちな世界選手権は、ホイールメーカーまで確認された。(1,2年生で有名メーカーではなく中華系で安くカーボンホイール買おうとしている人はUCI認証確認ね)
2週間前のスプリントで会った人もいたが、田中さんや特に深浦さんはお久しぶりですと挨拶をした。まだ初レースから一年も経っていない為、知り合いが少ない。これでも結構増えたんだけど。
宿泊するホテルは会場から東に15kmほど離れた天童駅近くのビジホ。
大樹の両親も交えて近くのファミレスで晩御飯。
翌日の朝ごはんと補食を買いつつホテルへ。
お風呂に入り「頑張ります」ストーリーをあげて9時半くらいには就寝。
割とすぐに寝られた気がする。
11/4
当日。
スケジュールとしては
トランジオープン・当日受付6:30~8:10
スタートセレモニー8:10~8:20
男子スタート8:20
朝一番のスタートなので朝ごはんは〜5時までに終えて、5時40分にロビー集合、6時に競技説明会をしたホテル近くでバイク組み立て、会場まで2kmほど漕いで行き6時半には到着。
バイクをレース仕様(前後ライトマウント、使わないボトルケージを外す)にして当日受付を済ます。(実はシートチューブのボトルケージに空のボトル差したほうがエアロはいいのかな…?)
霧が深くてヘルメットシールを貼ろうとしたら結露で貼れなくて少し焦った笑
選手登録を終える頃に霧が深いとの理由(?)でスタートが8時50分へ変更。
この30分のおかげでアップに余裕が持てた。
(てかそもそも8時20分スタートは早すぎないか?笑)
会場に着いたときは一桁の温度だったと思うけど、スタート前には走るにはちょうどいい多分12,3度くらいで日光もあった。レースの格好を色々悩んでいたけど、結局トライスーツに厚手のアームカバーと各所にホットジェル。
さあ前振りで1000字を超えましたがレース詳細へ
前提として、目標は優勝のみ。ただ勝つことに尽きる。
そのために「勝利に必要な手を踏んで無意味な行動はしない」に終始した。
(若いなら挑戦しろという人がいるかもしれないがプライドだけでは勝てない。当たって砕けた悔し涙は綺麗だが誰も勝利とは交換してくれないもんね。)
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START
「On your mar パーン」
せめてマークのクまで言ってくれ。
絶対何秒あけるとかあるでしょ。もはやマイナス秒。
1stRUN
前回大会の森さんのように1stRUNで飛び出すことには戦術的価値はない。(まぁかっこいいけど。)なので基本的に常に集団の前の方にいればおけ。スタート後に前にいた堀田さんの後ろについて申し訳程度に前に出て、最初の1kmは3分を切るくらい。1人飛び出したけど前述の通り追う意味がないので泳がせてその後は広大のおかしゅんを先頭に3‘10を切るくらいで推移する。今回のコース、やたらとコーナー・折り返しが多くランではブレーキで、バイクでは立ち上がりで脚を使う。自分が最も楽に走れるように集団の中での位置どりは大事。特に書くこともなく十数人の集団のままトランジに入り1stRUN終了。
もちろん全力ではないもののまぁまぁきつかったのはここだけの話。
15’42(4) 3’08/km
T1
バイクを下ろした時にシューズと籠が干渉して少しロス。
飛び乗った時にシューズの上にうまく乗れずまたロス。
バイクスタートは集団後方で。
BIKE
前述の通りコーナーと折り返しが多いため毎回そこで集団が詰まり決定的な逃げや千切れるということがあまりない。前回大会の古谷さんのような単走をかまそうにも当時はショートDH使えたしバイク鬼つよで誰も行かなかったという条件が今回はない。落車等の危険回避と逃げへの反応、立ち上がりで楽をするために基本的に前にいてあわよくば最後抜け出したいという思惑。クライマー脚質な僕にとっては平坦ドラレースは主戦場ではないが、とは言っても漕げる方ではあると思うので、途中不意に逃げが決まりそうな時に逃げようとはした。ただまだ先が長かったりコーナー区間で追いつかれたりするためすぐに踏みやめた。前日確認した立ち上がりのギアポジションはドンピシャで、立ち上がりの時は隣かまえで誰かが頑張っているためその後ろにヒョイッとついて無駄なパワーはかけないようにした。トータルで楽に無駄なくを意識して、直前のレースがスプリント=ドラレースbutスイムゲロおそ=実質ノンドラレースだったので集団の中にいると体感めちゃめちゃ楽だった。平均240wに対してNP260wでいかに断続的に踏んでいたか。
5周回のうち4周入る時くらいに流経の定塚くんが飛び出したがまだ早い段階で1人逃げ切りができるほどの足は持っていないと判断して泳がせた。いいチャレンジではあるが自爆とも言える。頃合いかなと思って最終周中盤で捉えた。その後、折り返した後に最終的に2位の佐賀県?の石関さんが飛び出しいい勢いだったので乗っかった。まぁ例の如く次の折り返しで集団には追いつかれたのでトランジまでの1km弱でとにかく前にいることだけを意識して立ち回る。多分先頭集団で1番早くシューズのバックルを緩め脱いだ。そのおかげでみんなが脱いでいる時に少し前方に上がり先頭の2列目あたりで降車。
↑多分ラスト周回。父親に向けてピースするくらい余裕あった。
30’17(5) 40.2km/h(garmin)
T2
レースナンバー1ということで1番奥のラックまで走った。
この時に多分2、3人抜いた笑
バイクをラックにかけヘルメットを外しシューズを履く。この一連の動作がうまくいきT2で少し飛び出して2ndRUNスタート。
2ndRUN
石関さんとの2人旅。後ろから田中文也さんらが追いかけてくるものの差は縮まってこなかった。こりゃもうラスト勝負だなということはバイクの時からわかっていたためとにかく、離れないこととペースアップへの反応に気を配らせた。
とにかく本当にきつかった。平均心拍が208で最高心拍213という見たこともない数字を刻んでいたことが後々わかったが、インハイ出場当落線にいた高2,3の南関東に匹敵するキツさだった。(あの時もラスト勝負だった)
1.25kmを2周で1周目は後ろに追い付かれないようにして本命は2周目後半。2回の折り返しとラストのストレート前のちょっとした坂がポイントだろうなと思い、折り返しに入るところで前に出る。石関さんの足音を聞き気配を感じながら、最後の折り返しをした後にペースアップしたのを感じた。そっからは(ガーミン先生曰く最高速2’13/kmで)スパートをかけた。
GOAL
本当はゴールする時はサングラス外してゴールテープを掲げたかったけど、そんなことしてたら抜かるのでそのままよーわからんポーズでゴール。
勝てた。本当に嬉しい。
7’50(2) 3’08/km
Σ54’38(1)
人生積み重ねなもんで、高1の時に当時高3の原田先輩の県総体決勝1500m(これ見て)のラスト400からの圧巻のスパート(確か54秒くらい)に魅せられて、そこからアホみたいに毎練習ラストは上げまくって磨いた武器が役に立った。
その結果スパート勝負は僕の勝ちパターンになり、そこに持ち込むためにはバイクで休んで2ndランで離されないようにしないといけない。そのためにバイク力を上げうまく立ち回れるだけの力をつけた。レースペースに耐えられるようにランのベースを作り(陸上現役時代ほどではないが)もちろんラストも磨いた。
やっぱり結果が思い描いた通りに出ることは嬉しく、努力量が結果に比例しやすいエンデュランス競技からは離れることはできなさそう。
今回の大会で優勝できたことはもちろん嬉しいことであるが、初レースから1年未満(のまだ初心者?笑)で交流の狭い僕にとって、流経の定塚くんやFLEETの堀田さん、Go upの深浦さんなど既存の外の交流が広がったことも今後にとって大きな財産であると思う。
今回の遠征の裏目標が、「来年の世界選手権U-23メダルに向けてランのポイント練や高強度ブリックを一緒にできる茨城・千葉・東京の知り合いを増やす」でありこれについても達成できた。大成功の遠征でした。
レース後は女子のレースを見ながらバイクを車に積み、表彰式が終わったら即帰宅。
某CM「美味しいものは脂肪と糖でできている」←大正解です。(でも飲料に脂肪燃焼を頼るのは違うと思う。結局運動量。)
食事制限とレース後の体に油が染み渡る。
途中SAで夕食をとりつつ夜遅くに実家に到着。
お疲れ様でした。
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最後に、中高の陸上の試合(なんなら少年野球の試合も)も世界選手権のスペインも今回の山形も応援とサポート(往復の運転!!!)をしに来てくれる家族は偉大です。本当にありがたい。
このレースまでに朝つつじとロングを共にしてくれた筑波山界隈のサイクリストの方々や応援と共に送り出してくれたつくトラの面々など様々な方からの応援・サポートと相互関係があっての結果であると毎度思います。
来年は前述の世界選手権U-23表彰台を主眼に置きつつ、ミドル・ヒルクラ・マラソン等色々な種目にも挑戦したいと思っています。
結果を残し続けられるように頑張りますので、引き続き応援のほどよろしくお願いします。
レースレポの範疇をこえて思ったことをつらつら書いてしました。
最後までご精読ありがとうございました。
金田
優勝おめでとうございます。
返信削除世界選手権も期待しています。
これからもデュアスロンを盛り上げていってください。
応援しています👨👩👧👦
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