2016/03/19

IRONMAN episode5 ―THE HIKINO STRIKES BACK , AND... 比企野の逆襲、そして...―


~前回のあらすじ~

ランでラスト1周となった近藤だが、目と鼻の先に比企野が迫っていることを知る。逃げ切りを図るも脚が上がらない。ラスト14km。彼は逃げ切れるのだろうか―。

 

 

とにかく走るしかなかった。ランの周回の初めが一番観客がいて応援してもらえるところだが、この時ばかりは声援に応える余裕はなかった。とにかく、少しでも比企野から遠くに逃げなくては。そのことしか考えていなかったが、ただもういつ抜かれてもおかしくない。


ランコースはループの大学会館前のようなアップダウンのある坂があり、坂の頂点にいけばだいぶ見晴らしがいい。坂を上り切り、後ろを振り向く。ランで初めて後ろを振り向いた。


もうだめだ。比企野はすぐそこにいるはずだ――。

 

 






―あれ?――、

 
 

―比企野いなくね??――

 

 

見間違いかと思って何度も確認するが、あの目立つ中央の赤のトライスーツはどこにもいない。坂を上りきる前に、いや坂にたどり着くもっと前に抜かれると思っていたのに、坂の頂上から見下ろしても比企野はどこにもいない。
バイクのカズの時よりも余計に混乱する。なぜ比企野がいないんだ….?てっきりすぐ抜かれると思っていたのに、比企野を見かけてからすでに2kmは走った(ランコースには距離表示があります)。1kmもしないうちに抜かれると思っていたのに、ここまで逃げ切れて、しかもまだ後ろに見えないなんて


理由は分からない。もしかしたら比企野は潰れてあのエイドで脚を止めているのかもしれない。とにかく、自分の今ののろのろペースの方が比企野よりも速いことだけは事実のようだ。


これは、逃げるしかない。


混乱しつつも、とにかく逃げる。ペースは既にキロ7を超えていたが脚を前に進める。(こんなペースですが決して歩いていません。)

 

何度も上りのキツイ坂が現れる。坂を上りきるそのたびに後ろを振り向くも比企野はいない。こんなペースなのに、比企野はあんなに近くにいたのに、なぜ比企野が今、視界の範囲にさえいないのか。訳がわからないが、とにかく進む。

 

そうして、7km近く走った。だいぶ粘った、というか大逃げをした。(自分ではそのつもり)。


14kmの周回コースの半分を超えた。残りはあと7kmない。いけるんじゃないか。そう思い、上り坂の途中で後ろを振り向くと――、

 
 

 

今度こそ、比企野がいた。

 

 
 

・・・見なかったことにしよう。

 

 

相手はまだ気づいていないはず。おとなしくしていれば、気づかれなければ、まだなんとかなるはず。黙って走り続ける。


しかし―

 

「あきひこーー!」

 

名前を呼ばれた。

 

シカトする。


自分の走りに徹する。抜かれてたまるか。というか、比企野、お前、今まで俺のこと苗字で呼んでたくせにどうして今は下の名前で呼んだんだよ、とかどうでもいいことに気付く。とにかく、脚を前に進める。

 


抜かれるときは一瞬だった。

3周目のぴったり初めで追いつかれてから7km以上逃げてきたが、ついに命運が尽きた。近藤選手、6人中2位から3位に転落する。

しかも、比企野は抜く間際に、「脚が上がらないなら競歩みたいに歩くといいよ。ダサいけど」と余裕しゃくしゃくという感じで言い残していった。自分では走っているつもりでも傍から見れば十分歩いているペースだったのだろう。あっという間に比企野は遠くなっていった。追いかける力はない。

だが、決してランで歩かないとレース前に決めていた。ペースは歩きのペースでも、フォームはしっかり腕を振り、ランのフォームを維持する。

比企野が見えなくなったあたりに1周目の人用の8kmを示す距離看板があった。だいたいあと6km42.195kmの中でここが一番辛く、長かった。比企野に抜かれるまで保っていた集中力も途切れ、唯一、辞めたいとちらっと思った。コーラを飲みすぎたせいかトイレに行きたくなるが、絶対に脚だけは止めない、これだけは守る、と我慢。

気分転換に歌でも、と頭の中で歌を歌う。思いついた歌――ゆずの「栄光の架け橋」…..所々しか歌えない。――オレンジレンジの「チャンピオーネ」…..そういうテンションじゃない。――ミスチルの「GIFT…..これだ。

 

 

1番きれいな色ってなんだろう?
1番ひかってるものってなんだろう?
僕は探していた 最高のGIFT
君が喜んだ姿をイメージしながら


――よしよし、この曲だ。全部歌えるし、曲のリズムも内容も、今のランにぴったりだ。


「本当の自分」を見つけたいって言うけど
「生まれた意味」を知りたいって言うけど
僕の両手がそれを渡す時
ふと謎が解けるといいな
受け取ってくれるかな


――ここで近藤選手、泣く。歌詞につられてなんとなく涙が出る。


長い間 君に渡したくて
強く握り締めていたから
もうグジャグジャになって 色は変わり果て
お世辞にもきれいとは言えないけど


――ここまで走ってきて、泣いている人なんて誰も見なかった。おそらく涙を流しているのは自分だけ。まだランの1,2周回目なのに既に歩いてしまっている選手はたくさんいたが、そんな彼らでさえ涙は見せていないのに。自分はあとラスト数kmだろ、泣くなよ、と思うがそんな気持ちとは裏腹になぜか涙は止まらない。


「白か黒で答えろ」という難題を突き付けられ
ぶち当たった壁の前で
僕らはまた迷っている
迷ってるけど
白と黒のその間に
無限の色が広がってる
君に似合う色探して
やさしい名前をつけたならほら1番きれいな色
君に贈るよ

 
――気づくと、周りの人達からたくさんの声援をもらっていることに気づく。いや、1,2周目の時ももらっていたのだけど、この時もらった応援がとても心にしみた。というか、1,2周目の時に応援してくれた人達はずっと同じ場所にいるからこっちは向こうのことを覚えているのだけど、なんか向こうもこっちのことを覚えてくれているみたい。
Finish is soon!Go Japan!!」、「You are wonderful boy!!Ganbatte~」たくさんの言葉をかけてくれる。Thank you, Thank youと応えながら走っていく。
ラスト4km声援を受け、このあたりから徐々に復活していく。右足を引きずりながらも、スイムコースの湖を左手に見ながら走っていく。


地平線の先に辿り着いても
新しい地平線が広がるだけ
「もうやめにしようか?」 自分の胸に聞くと
まだ歩き続けたいと
返事が聞こえたよ


――湖畔の家に住む人達が家の中から、または庭に椅子やベンチを出してくつろぎながら声援を送ってくれる。湖で遊んでいる子供たちからも。曲がりくねった湖の淵の道を進むと、最後のエイドと共に40kmの看板が。ラスト2km


知らぬ間に増えていった荷物も
まだなんとか背負っていけるから
君の分まで持つよ
だからそばにいてよ
それだけで心は軽くなる


――観客が増え、声援が増える。ハイタッチをしようと手を出してくる6歳くらいの子供達。もちろん、左手を差出し、ハイタッチする。やたらとテンションの高いお兄さんもいたし、現地在住と思われる日本人の方もいた。本当に、本当に多くの人が応援してくれる。僕ができることは、Thank you と言って声援に応えることと、できるだけ力強く走ることだけ。


果てしない旅路の果てで
「選ばれる者」とは誰?
たとえ僕じゃなくたって
それでもまだまだ走っていく
走っていくよ
降り注ぐ日差しがあって
だからこそ日陰もあって
そのすべてが意味を持って 互いを讃えているのなら
もうどんな場所にいても
光りを感じれるよ
君におくるよ
気に入るかな?
受け取ってよ
君とだから探せたよ
僕の方こそありがとう


――あとゴールまで500mほどだろうか、両脇に建てられたフェンスゾーンが現れる。左側のフェンスから応援してくれる人達に左手を出し、たくさんのハイタッチ。ここでもThank youを連呼する。涙はいつの間にか消え、笑顔になっている。3周回目だけ別のコースへと進み、フィニッシュゲートを目指す。意外と長い。前後を見て、フィニッシュが他の人と被らないように調節する笑 だって、ここまで頑張った初アイアンマンだもの、最後は他人と被ることなくゴールしたい。


1番きれいな色ってなんだろう?
1番ひかってるものってなんだろう?
僕は抱きしめる
君がくれたGIFT
いつまでも胸の奥で
ほら ひかってるんだよ
ひかり続けんだよ

 

――フィニッシュゲートを正面に見据える位置まで来た。キャップとサングラスを外す。両脇にはたくさんの観客達。調子に乗って、日本選手権のゴールシーンのように、ジグザク走行して両脇の人達とハイタッチ。
 
 
 





 
 
 
そして、フィニッシュ。
 
 
 
 
Total 12:32:20(Swim 1:07:52/Bike 6:39:47/Run 4:31:58/T1 8:39/T2 4:04)

 
 
達成感と感動で、しばらくの間(といってもほんの一瞬だけど)気が抜けたように、ぼーっとしてしまった。すぐさまボランティアの人達が来て、フィニッシャータオルとメダルを首にかけてくれる。そのままテントの方へ誘導されるが――、忘れていた、これをしなくては。

 

フィニッシュゲートまで少し戻って、一礼。

 

こうして、僕はアイアンマンになったのだった。

 

テント内には先にゴールしていた安藤と比企野がいて、その後カズととっくん、コバシがゴールし、無事全員完走した。
 
6人の、人生で最も長いトライアスロンは、幕を閉じた。

 
 
―次回も少しだけ続くかも―

2 件のコメント:

  1. 完走の感想唇が乾燥ryと違ってこのブログは感動しました笑
    クタクタなっても最後ちゃんと礼忘れないとこが近藤さんらしいなーと思ってもっと感動しました。
    お疲れさまでした!

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  2. 楽しかったです。
    普段スポーツと無縁の身なので、細かい描写などがとても新鮮でなるほど~と感心しながら読ませていただきました。涙が自然に流れる経験、いいですね~!
    完走、おめでとうございます。
    これからも頑張ってください。

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